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大宰府
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現実の城情報 Edit

平成28年(2016年)、福岡県筑紫野市の丘陵上で約500メートルに及ぶ大規模な7世紀の土塁が発掘され、大宰府一帯を山城や土塁で囲んで区画し防衛していたとする学説が改めて注目を集めた。
土塁は古代の土木技法「版築」を用いたり、尾根を切り出したりして築かれており、大宰府を守った古代の城である水城の土塁と同じく二段構造となっていた。
水城や筑前大野城、基肄城、鞠智城といった大宰府の防衛施設は白村江の戦いを契機に造られたものであるとされるが、今回発見された土塁は豊臣秀吉の御土居よりも前に中国の羅城の考えを取り入れた例とも考えられ、今後の調査が待たれる。
なお大宰府の呼び名については現存する古代の印影には「大宰之印」とあるが、奈良時代の文書にも「太宰府」と表記するものもあり、現在では機関名としては「大宰府」、地名や天満宮としては「太宰府」と使い分けられている。

所在地福岡県
現存状態土塁
城郭構造地方行政機関

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