Top > 勝連城

【sWIKI】からのお知らせ【重要】
「https:」での通信が可能となりました。プレイステーション4の一部で表示されない場合が御座います。こちらを御覧下さい。
勝連城
HTML ConvertTime 0.064 sec.

現実の城情報 Edit

オモロ人が書いた『おもろさうし』には勝連城(かつれんぐすく)を「何にたとえようか、大和の鎌倉にたとえる」と誇らしげに讃えた一文が見れるほど、広く堅い縄張りをもつ城(グスク)であった。
また、同書物には勝連城を拠点としていた茂知附按司のことを「島の隅々まで聞こえた按司」、阿麻和利のことを「大国として鳴り響き、十百歳も栄え、勝連グスクのように」と称賛している。
勝連城は勝連半島の下に位置する城で、三、二、一の郭を遠目で見ると巨大な船体にも見えるため、地元では「唐船」と形容されることもあるそうだ。
主に五つの郭で構成された山城で、低いところから、四の郭、三の郭、二の郭、一の郭の順に位置が高くなってゆく。四の郭の左手側には約10年前まで樹木に覆われていた東(あがり)の郭がある。
初めて勝連城を拠点とした人物は、英祖王統2代目の大成王の五男だと伝承が残っている。当時の勝連城はすでに中山王直系の勢いと同等かそれ以上であった。


所在地沖縄県うるま市勝連南風原
現存状態石垣、郭
城郭構造山城

コメント Edit

コメントはありません。 Comments/勝連城? 

お名前:

  URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White