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二本松城
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現実の城情報 Edit

中世から近世にかけて奥州街道を押さえた要衝の城で、戊辰戦争での二本松少年隊の悲劇でも知られる。
のちに室町幕府三管領家の一つとなる名門・畠山氏のかつての嫡流にあたる畠山高国が足利尊氏によって奥州管領に任じられ、現在の二本松城から北に1.7キロメートルの殿地が岡(田地が岡)に居館を構え二本松と改称したのが始まりで、満泰の代で新たに二本松城を築き居城とした。
二本松城は標高345メートルの白旗ヶ峰を中心に、南・西・北が丘陵で囲まれた要害の地に築かれ、二本松畠山氏時代は現在西城と呼ばれる部分が中心部だった。山頂部の本丸を中心としてその直下の西側には新城館、東側には松森館が置かれ、新城館の下には本宮館、松森館の下には鹿子田館、そして城下に向かって東西に伸びる観音丘陵上には箕輪館と栗ヶ柵館が置かれて内郭防衛戦が設定された。
城内にはこの時代の大手道の一部がそのまま残されており、山の中腹斜面につづら折れの通路が確認できる。また本丸の北側に伸びる尾根に設けられた土塁や空堀、L字型の堀切も二本松畠山氏時代の遺構と考えられる。


所在地福島県二本松市郭内
現存状態石垣、堀など
城郭構造梯郭式平山城

コメント Edit

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  • いよいよ実装か!?と思ったら東北三名城って名言されてた・・・無念 -- 2017-05-08 (月) 13:56:37
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