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掛川城
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現実の城情報 Edit

東海道を押さえる要衝に築かれた遠江を代表する城で、その壮麗さから「東海の名城」と謳われた城。
文明年間(1469~1487年)に駿河守護の今川義忠が重臣の朝比奈泰煕に命じて子角山に築かせたとされる掛川古城が始まりで、その後今川氏が遠江で勢力を拡大したのに伴って、現在の地に新城が移された。
掛川城は東遠江の中心に位置し、東・南・北を低丘陵に囲まれた盆地にある標高56メートルの龍頭山に築かれ、城下には東海道と秋葉街道(遠江から信濃へ塩を送る運搬路だったため、塩の道と通称される)が交差する交通の要衝であり、今川氏による東遠江の支配拠点として機能した。
今川氏時代は泰煕の子・泰能、その子・泰朝と、今川氏に重臣として仕えた朝比奈氏が代々城代を務め、永禄11年(1568年)に武田信玄が甲相駿三国同盟を破って駿河に侵攻した際には、当時の城主・泰朝は今川館から逃れた今川氏真を迎え入れ、信玄に呼応して遠江に侵攻した徳川家康に抵抗している。


所在地静岡県掛川市掛川
現存状態二の丸御殿、移築櫓、移築門、移築番所、石垣、堀、土塁など
城郭構造平山城

コメント Edit

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照 画像を非表示

  • ぼちぼちか? -- 2017-09-05 (火) 00:36:42
    • まあこんなもんかと -- 2017-09-05 (火) 00:55:05
    • ぼちぼちだ -- 2017-09-05 (火) 01:15:02
    • そろそろだな -- 2017-09-16 (土) 17:03:25
    • いよいよか -- 2017-09-16 (土) 17:14:35
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