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久能山城
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現実の城情報 Edit

駿河に侵攻した武田信玄が後北条氏に対する抑えとして築いた城で、岩櫃城岩殿山城とともに武田三堅城(武田三名城)と称される。
この地には古来より久能寺が建立されて霊地として繁栄し、南側は駿河湾に面した断崖で、東西は深い谷に挟まれ、北側は屏風岩で日本平と隔てられる天然の要害だった。
永禄11年(1568年)に甲相駿三国同盟を破って駿河に侵攻した信玄は、今川氏真を破って駿府を制圧し、久能寺を現在の鉄舟寺の地に移して久能山城を築いた。
翌永禄12年(1569年)、信玄は今川氏を救援するために出陣してきた後北条氏の軍勢と興津川を挟んで対峙したが戦局は膠着し、久能山城に板垣信安を入れて守りを固め興津城とともに後北条氏に対する備えとし、一時甲斐へ帰国した。
信玄は同年末に再び駿河に侵攻して駿府を再占領し、久能山城は駿河西部における武田氏支配の拠点となった。


所在地静岡市駿河区根古屋
現存状態土塁、井戸など
城郭構造山城

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