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清水城
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現実の城情報 Edit

清水城(しみずじょう)は140年にわたり島津氏宗家の居城であった山城である。
鹿児島の平野部の北端に位置する居館とその背後の山を利用した後詰めの城から構成されていたとされ、さらには背後に鹿児島湾を持つ山城東福寺城?と連動しながら防衛が行えるようになっていたものと思われている。
後詰めの城は典型的な中世山城であり、山塊を堅堀で区切り曲輪を構築していたと思われるが、風化が進んでいることと、後世の開削が行われていた可能性が高いなどもありはっきりしないところも多い。
主説では築城は1387(嘉慶元)年に島津一族の奥州家初代島津氏久によるとされ、それ以前の居城であった東福寺城?が統治には手狭であったことから新たに築いたとされている。
(ただし、当時の薩摩守護は氏久の甥である総州家島津伊久であり、元大隅守護でしかない氏久が上記のような行動を取れたかどうかについては疑念の余地もなくはないが)


所在地鹿児島県鹿児島市清水町
現存状態堅堀跡や土塁跡と想定されるもの
城郭構造山城

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