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伊勢亀山城
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現実の城情報 Edit

松江城主堀尾忠晴によって、丹波亀山城と間違えられて天守を解体されてしまったことで知られる城。
文永2年(1265年)に関実忠によって築かれた城が始まりで、当時の城は伊勢亀山城よりも西に位置し、亀山古城と呼ばれる。
関氏は伊勢の有力豪族として300年以上に渡ってこの地を支配し、居城ものちに伊勢亀山城が築かれる場所へ移っていった。
元亀4年(1573年)、関盛信は織田信長に敗れて城を追われたが、のちに許されて城主に復帰し、蒲生氏郷の家臣となった。
天正18年(1590年)に氏郷が陸奥に移ると盛信もこれに従い、伊勢亀山城には岡本良勝が入り本丸や二の丸を改修し、現在見られる伊勢亀山城の原型が整えられた。


所在地三重県亀山市本丸町
現存状態多聞櫓、土塁、堀、石垣など
城郭構造梯郭連郭複合式平山城

コメント Edit

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  • 間違って天守解体て、とばっちりすぎて草。丹波亀山ちゃんとの関係が気になる・・・ -- 2017-04-29 (土) 23:06:01
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