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猿喰城
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現実の城情報 Edit

猿喰城(さるはみじょう)は門司区のほぼ中央、大字猿喰・大字柳・大字中畑の字境、標高210メートル城山にあり、現在は通信各社の通信施設が乱立し南北朝時代の面影はやや霞んでいるが、猿喰から東に周防灘、西に響灘が一望できる。
南北朝時代の最中、足利尊氏率いる武家方と宮方である菊池氏は北九州にて幾度も勢力争いを繰り広げる。一時期は九州探題の一色直氏氏らが長門国に脱出するなど、宮方は極めて強かった。
延文4年(1359年)には菊池氏の勢いが増し、北伐が加速化してゆく。貞治2年(1363年)の冬には、宮方の勢力である下総若狭守らが立て籠る猿喰城に、武家方の勢力が攻めかかり、双方に多くの使者を出した。
凄まじい勢いを見せていた宮方であるが、その力の及ぶところもそう長くはなかった。室町幕府は今川了俊を九州に派遣し宮方の鎮圧に力を注いだ。足利直冬も幕府に屈服し、足利義満の代になると九州も幕府の支配するところになったのだ。
城郭構造としては、城山頂一帯に6つの郭をつくり、それを切岸と堀切で防備している。主郭の北側には腰郭、西側尾根筋には階段型の小郭が設けられていた。全長は約100メートル、幅30メートルの小規模な砦である。

所在地福岡県北九州市門司区猿喰 他(城山山頂)
現存状態石碑、石祠
城郭構造山城

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