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アラゴネーゼ城 のバックアップ(No.3)
城娘ステータス: 全城娘一覧(刀 | 槍 | 槌 | 盾 | 拳 | 鎌 | 戦棍 | 双剣 | ランス | 弓 | 石弓 | 鉄砲 | 大砲 | 歌舞 | 法術 | 鈴 | 杖 | 祓串 | 本 | 投剣 | 鞭 | 陣貝 | 軍船 | 茶器 | その他 || 平属性 | 平山属性 | 山属性 | 水属性 | 地獄属性 | 無属性)初期ステータス 装備品: 刀 | 槍 | 槌 | 盾 | 拳 | 鎌 | 戦棍 | 双剣 | ランス | 弓 | 石弓 | 鉄砲 | 大砲 | 歌舞 | 法術 | 鈴 | 杖 | 祓串 | 本 | 投剣 | 鞭 | 陣貝 | 軍船 | 茶器 | その他 || 施設 || 消耗品 | 城娘: 特技(攻撃系 / 防御系 / 弱体化他) | 所持特技 | 編成特技 | 大破特技 | 特殊攻撃 | 特殊能力 | 武器切替 | 計略(伏兵以外 / 伏兵) | 都道府県別 | 令制国別 | 季節限定城娘 | 特定カテゴリ |
赤数字は無印での最大レベルかつ絆100%時の値です。★1=Lv90、★2=Lv95、★3=Lv100、★4=Lv105、★5=Lv110、★6=Lv115、★7=Lv120
ゲーム上の性能・評価
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| ▼ | ←クリックすると台詞一覧が表示されます。 |
※計略のない城娘の計略発動ボイスなど、通常流れないボイスはゲーム内の図鑑で聞くことができます。
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イラストレーター:
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【デザイン】
【特技・計略】
アラゴンの石橋(クリックで表示)
1441年にナポリ王国を打倒し城を入手した、アラゴン王のアルフォンソ5世によって島と城を結ぶ橋が作られた。ただこの時点ではまだ木製だった。
木製から石橋に変わるのは18世紀、オスマン帝国の海賊行為*2が治まり、より利便性のため架け替えられた。
イスキア・ポンテ(クリックで表示)
イタリア語でIschia Ponte、意味はイスキアの橋。
イスキア島イスキア市にある行政区分で、由来はアラゴンの橋の前にある事から。
日本で言うところの前橋。前橋城の「前橋」は「厩」が由来なので間違えないように。
イゾレ・フレグレエ(クリックで表示)
イタリア語でIsole Flegree、意味はフレグレエ諸島。フレグレイとも。
約39000年前、ヨーロッパでは最大級の噴火で発生したカルデラの残りでできた島々で、イスキア島も含まれる。
現在も噴火活動が続き、危険視されている。
ティフェオの牙(クリックで表示)
イタリア語でTifone、テューポーンとも。
ギリシャ神話の神でゼウスとの戦いに敗れフレグレエ諸島に封印されたという。
火山とそれに伴う噴火・火山性地震・溶岩などを、神の恐ろしさや神々の戦いによるものとされた。
モンテ・エポメオ(クリックで表示)
イタリア語でMonte Epomeo、意味はエポメオ山。
標高789m。火山活動によって海底から隆起した山で、噴火口は無く山の割れ目から溶岩があふれ出す。
1301年からの噴火ではイスキア島の町が被害に遭い、アラゴネーゼ城まで住民が避難してきた。
【セリフ】
アラゴネーゼ城は、ナポリ湾に浮かぶイスキア島の、その東に位置する小島に建てられた城で、初めは紀元前474年にシュラクサイのヒエロン1世により建設された。
紀元前315年以降にはローマとパルテノペ(ナポリ)との間で争奪され、ローマ帝国の力が弱まって以降は西ゴート族、ヴァンダル族、東ゴート族、アラブ人など多くの勢力により争奪された。
そうして15世紀半ば、アラゴン王アルフォンソ5世がこの城を手に入れると、彼により1441年から現在みられるような姿に改修された。
この頃のアラゴネーゼ城は、イスキアを襲撃する海賊に対する守りとして使われ、一時期は城内に1892世帯が暮らし、これが海賊の脅威がなくなる18世紀の後半まで続いた。
その後1809年、フランスの指揮下にあったこの城をイギリス軍が徹底的に破壊し、1823年からは一時的に刑務所として用いられ、1912年からは個人所有となり、現在は一般公開されている。
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アラゴネーゼ城は、イスキア島東海岸に浮かぶ、すでに活動停止した溶岩ドームの小島に建設された。
ローマ帝国の時代には防御的な砦として利用され、敵船監視のための高塔がいくつか建てられていたという。
その後は前述の通り、アラゴン王アルフォンソ5世により現在みられるような姿に大きく改修された。
アルフォンソ5世により、アラゴネーゼ城にはイスキア島からの橋がかけられ、そこから島内に入るためのトンネルが掘られ、それまでの船でしかアクセスできなかった頃に比べると大きくアクセスが改善された。
このトンネルは長さが400mほどあり、高い天窓により採光されていた。
この天窓は、敵が侵入してきたときに石や油を落として防衛するための役割も担っていた。
トンネルを抜けると、「ラバの道」と呼ばれる島の頂上まで続くメインストリートに出る。
城内には13の教会と、最大で1892世帯の住居があり、18世紀の版画
には狭い島内に建造物が密集した姿が描かれている。
頂上の城は直方体を組み合わせた形をしており、そこに王室とその廷臣や使用人、軍人などの居場所が設けられ、それを4つの塔を備えた城壁で囲んでいた。
また、城の麓には砲廓が設けられていた。
城は16世紀前半には多くの文化人が訪れ文化的に栄え、16世紀後半には規模として最盛期を迎えたが、前述の通りその頃の建物は1809年にイギリス軍の攻撃でほぼ壊滅した。
現在でもまだ多くの建物が廃墟として佇んでいるが、少しずつ修復が進められている。
| 所在地 | イタリア、イスキア島東の小島 |
| 現存状態 | 大部分が廃墟 |
| 城郭構造 | 島城 |
参考文献(クリックで表示)
Wikipedia Castello Aragonese (Ischia), https://it.wikipedia.org/wiki/Castello_Aragonese_(Ischia)
, 2021/5/16閲覧
Published by (C)DMMゲームズ
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