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エルツ城 のバックアップ(No.8)
城娘ステータス: 全城娘一覧(刀 | 槍 | 槌 | 盾 | 拳 | 鎌 | 戦棍 | 双剣 | ランス | 弓 | 石弓 | 鉄砲 | 大砲 | 歌舞 | 法術 | 鈴 | 杖 | 祓串 | 本 | 投剣 | 鞭 | 陣貝 | 軍船 | 茶器 | その他 || 平属性 | 平山属性 | 山属性 | 水属性 | 地獄属性 | 無属性)初期ステータス 装備品: 刀 | 槍 | 槌 | 盾 | 拳 | 鎌 | 戦棍 | 双剣 | ランス | 弓 | 石弓 | 鉄砲 | 大砲 | 歌舞 | 法術 | 鈴 | 杖 | 祓串 | 本 | 投剣 | 鞭 | 陣貝 | 軍船 | 茶器 | その他 || 施設 || 消耗品 | 城娘: 特技(攻撃系 / 防御系 / 弱体化他) | 所持特技 | 編成特技 | 大破特技 | 特殊攻撃 | 特殊能力 | 武器切替 | 計略(伏兵以外 / 伏兵) | 都道府県別 | 令制国別 | 季節限定城娘 | 特定カテゴリ |
赤数字は無印での最大レベルかつ絆100%時の値です。★1=Lv90、★2=Lv95、★3=Lv100、★4=Lv105、★5=Lv110、★6=Lv115、★7=Lv120
ゲーム上の性能・評価
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| ▼ | ←クリックすると台詞一覧が表示されます。 |
※計略のない城娘の計略発動ボイスなど、通常流れないボイスはゲーム内の図鑑で聞くことができます。
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イラストレーター:
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【デザイン】
【特技・計略】
エルツ・リッターザール(クリックで表示)
リッターザール(Ritter saal)はドイツ語で直訳すれば「騎士の間」で騎士たちが集まる場所、
ようは城のメインホールである。
金獅子の斧、銀色の獅子、エルツ・バッフェルホーン(クリックで表示)
エルツ城は3兄弟から発する3家が住んでおり、
長男のエリアス家は金獅子の家紋に由来して「金色獅子のエルツ」、
2男のヴィルヘルム家の家紋は銀色の獅子で「銀色獅子のエルツ」、
3男のディートリヒ家は「水牛の角(バッフェルホーン/Büffelhörnern)のエルツ」とそれぞれ呼ばれている。
【セリフ】
アグネス(クリックで表示)
かつてエルツ城には男兄弟に囲まれて育ったアグネスという女性が居た。彼女には幼い頃から決められていた
婚約者がいたが、男勝りのアグネスにとっては物足りなく感じられ冷たくあしらい続けていた。
そんなある日、兄弟が達が狩りに出掛け、アグネスが留守を守っていると、怒り狂った婚約者が騎士達を伴ってエルツ城を攻め立てた
アグネスは城を守るために先頭に立って戦っていたが、兄の鎧をまとっていた為に婚約者に気付かれずに殺されてしまった
兄ではなくアグネスを打ち取ってしまった婚約者はその後自らを決して許すことせずに過ごした
アグネスの魂は城を守るために今でもエルツ城周辺を彷徨っている
シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ(クリックで表示)
エルツ城が一番愛するお菓子。
「黒い森のサクランボケーキ」を意味しオーストリアやスイスでも作られる
ノイシュヴァンシュタイン城・ホーエンツォレルン城と並び称される、高さ70mの山にある「ドイツ三大美城」の1つである。ブルク・エルツ城とも。
語源は近くを流れるエルツ川からで、エルツは植物のハンノキ(ニホンハンノキではなく、ハンノキ属)からきている。
始まりは1152年、主要ルートからは外れてはいるが、帝国の交易ルートの1つで戦略拠点であったので、神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世がルドルフ・フォン・エルツに命じて築かせた。
このロマネスク様式の住居部分が現存しており、煙突・アーチ窓はドイツ最古の物である。
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1268年、ルドルフのひ孫エリアス・ヴィルヘルム・ディートリヒ3兄弟で相続争いが起きると、3家で分けられ共同相続となった。
この共同相続城は歴史上見られるが、実際どういう統治が行われたか分かっていない所も多いが、エルツ城は建物・歴史がきちんと残っている数少ない城である。
また城内平和*2や城内裁判等の記録も残っており、城内政治の歴史から見ても重要な城でもある。
なお、山城で土地が少なかったため上へ上へと増築されていったので、時代様式が組み合わさっている。
1331年、神聖ローマ帝国選帝侯トリーア大司教のバルドゥイン・フォン・ルクセンブルクが推した兄、ハインリヒ7世が皇帝になると権力を傘に拡大してきたので、これに対抗した。
同年大司教軍が攻め寄せるもこれを防ぐが、今度は北側に陣城が築城され、投石機等での攻撃や兵糧攻めが行われた。またドイツ国内では最初の大砲の使用が認められる。
2年後の1333年降伏、開城し外城壁等防衛施設が取り払われてしまった。なおこれが唯一の戦闘経験である。
1337年調印が結ばれ、トリーア大司教に仕える騎士となったが、ハインリヒ7世の孫カール4世の時、帝国に仕え続けたエルツ家の功績が認められ独立した。
1490年、ローデンドルフ家の娘と結婚すると、新たに4つ目の別家ローデンドルフ家が城内に建てられた。
1567年、ヤコブ・エルツがトリーア大司教に選ばれており、1624年にはハンス・エルツがトリーア大司教騎士団のトップになると、以降トリーア騎士団はエルツ家が代々指揮を執る事となった。
1604年から1661年にかけて城内住居の改築が行われ、ロマネスク・ゴシック・ルネサンス・バロックの各様式が歪ながら調和のとれた姿が完成した。
1688年、プファルツ継承戦争が勃発すると、フランス軍によってトリーア司教区は数々の街が放火や破壊・略奪され、さらにコッヘム・ライヒスブルク城など幾多の城が破壊されるといった大きな被害を被ったが、エルツ家の1人がフランス軍将校であったため、領地での略奪はあったものの城は何とか難を逃れることができた。
何故フランス軍将校にエルツ家の者が居たかというと、30年戦争中トリーア大司教はフランスと友好的で、かつフランス・スペイン戦争中、スペイン領ネーデルラント軍*3がトリーア領を占領した時、フランス軍がこの解放に協力した縁でフランス軍に入り込むことができたのであった。
この戦争中1つの事件が起こる。
エルツ家16代当主ヨハン・エーベルハルトの娘にマリア・フランツィスカ・アグネスという娘がいた。詳しくは元ネタ項目をご覧ください。
ただ、史実ではアグネスは襲撃の際真っ先に駆け相手方の従者を討ち取り、修道院に入ることなく生涯独身のまま城で過ごし1702年75歳で帰天している。
彼女の鎧だと云われる真ん中に弩で射られた男性用の鎧が現存しているが、いったい誰の物であろうか・・・
1794年から始まったフランス革命戦争で、フランス統治下に入るとエルツ家は移民とし扱われ、財産や領土の没収が行われたが、エリアス家のフィリップ・エルツが所領を買い戻し、エルツ城は1家に統一された。
1845年~1888年にかけて大修復工事が行われたが、歴史的価値が認められ大きく改変されることはなかった。
修復の場合、当時の流行に添って余計な物を足したり再現と称して改造を行ったりするが*4これが殆ど無く、装飾がなくのっぺりとした外観はロマネスク様式の特徴であり、現代から見ても価値のある修築であった。
現在もエルツ家所有だが居住はしていない。2010年、日本城郭協会によってヨーロッパ100名城の1つに選定されている。
余談だがテオドリッヒ家とローデンドルフ家は断絶してしまったが、ヴィルヘルム家は今も末裔がおり別な城を住居としている。
| 所在地 | ドイツ ラインラント=プファルツ州 マイエン=コブレンツ郡 ヴィーアシェム |
| 現存状態 | 現存 |
| 城郭構造 | 連郭式山城 |
Published by (C)DMMゲームズ
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