高瀬城 のバックアップ(No.2)
現実の城情報高瀬城は斐伊川が宍道湖へ注ぎ込む一帯の南に広がる山塊のうち、標高314メートルの高瀬山に築かれた尼子十旗の一つとして知られる山城である。 続きをクリックで表示 綱広の子である綱寛は尼子晴久の寵童であったとされ、天文9年(1540年)の吉田郡山城攻めなどの尼子氏の戦に参加する等有力家臣の一角を占めていた。 綱寛は尼子再興軍の勢力が壊滅すると、逃亡した山中幸盛らから離れて出家、そのまま隠居したとされる。 現在では麓からの登山道が整備されており、距離こそあるが大高瀬へと比較的容易にアプローチすることができ、その周辺に郭をなした平地部とそれに付随する堀切や土塁などを確認することができる。
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