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杉山城 の変更点

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後北条家が築いた名城と信じられてきたが、近年の発掘調査によって話題騒然となった城。[[続日本100名城>日本100名城#o6df7c09]]の一つ。
齋藤慎一・向井一雄共著『日本城郭史』によると、「杉山城は横堀と土塁で郭を囲い込み、技巧的な虎口を配置する構造が特徴的で、全体として洗練された構造」であった。
しかし、平成14年(2002年)の発掘調査で出土した遺物は15世紀末から16世紀初頭のものであり、構造の変更も確認できなかった。
それでもなお後北条家による築城だと主張する声もあったが、「椙山之陣」と記載された古文書が発見され、関東管領・山内上杉憲房が城主であった可能性が高まった。
未だ明快な結論は出ていないが、こうして紛糾した議論は一般に「杉山城問題」、『日本城郭史』では「杉山城ショック」と呼ばれ、縄張り研究における方法論について一石を投じることとなった。

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|所在地|埼玉県比企郡嵐山町杉山雁城654|
|現存状態|曲輪、土塁、空堀、虎口、馬出、土橋、井戸|
|城郭構造|山城|

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