Backup source of 吉田郡山城 (No. 30)
#include(城娘項目,notitle);

#include(城娘ステータス注釈,notitle)

|CENTER:300|BGCOLOR(#FCC):80|BGCOLOR(#FCC):90|BGCOLOR(#FCC):80|BGCOLOR(#FCC):90|c
|>|>|>|>|BGCOLOR(#f99):CENTER:''吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)''|
|&attachref(./吉田郡山城S.png,nolink);|>|BGCOLOR(#111):CENTER:&ref(画像で一覧RE/吉田郡山城.png,nolink);|図鑑No.|155|
|~|>|~|レア|5|
|~|>|~|城属性|&ref(画像置場/山.png,nolink);|
|~|>|~|令制国|安芸|
|~|>|~|武器属性|[[弓]]|
|~|>|~|最大レベル|110|
|~|実装日|>|>|2016年08月16日|
|~|>|>|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''合戦''|
|~|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''初期配置/&color(Red){最大値};''|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''巨大化4回/&color(Red){最大値};''|
|~|消費気|9|消費気((基本消費気を含みます))|82|
|~|耐久|1062/&color(Red){2021};|耐久|1911/&color(Red){3637};|
|~|攻撃|58/&color(Red){225};|攻撃|95/&color(Red){369};|
|~|防御|43/&color(Red){171};|防御|77/&color(Red){307};|
|~|範囲|280/&color(Red){280};|範囲|414/&color(Red){414};|
|~|回復|10/&color(Red){32};|回復|10/&color(Red){32};|
//
|>|>|>|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''[[特技]]''|
|BGCOLOR(#FCC):[無印] / 防御低下【範囲】・弐|>|>|>|範囲内の敵の防御が22%低下|
|BGCOLOR(#FCC):[&color(Red){改壱};] / 防御低下【範囲】・弐|>|>|>|~|
|>|>|>|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''[[計略]]''|
|BGCOLOR(#FCC):[無印] / 三本の矢(使用まで60秒:消費気5)|>|>|>|10秒間対象の攻撃対象が2増え、&br;攻撃力が30%下がる(自分のみが対象)|
|BGCOLOR(#FCC):[&color(Red){改壱};] / 三矢の教え(使用まで55秒:消費気5)|>|>|>|10秒間対象の攻撃対象が2増える(自分のみが対象)|
//
|>|>|>|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''図鑑文章''|
|>|>|>|>|郡山全体を城郭化したのが、&br;私……吉田郡山城です。&br;&br;放射状に延びる12の尾根と階段状になった&br;270以上の曲輪が自慢です。&br;&br;広島城が完成してから、&br;私の出番は少なくなりましたけど、&br;その後も詰めの城として機能していました。|


|BGCOLOR(#F99):CENTER:120|400|c
|''[[築城]]''|&color(Maroon){''特殊築城限定''}; 03:20:00 ([[結束の矢と謀略の将]])|


#style(class=submenuheader){{
-''[[城娘改築]]''
}}
#style(class=submenu){{

}}
#table_edit2(td_edit=edit,tr_edit=edit,table_mod=close,calc=1,form=text=|text=|select=_1_2_3_4_5_6_7|select=_3_4_5|select=_1_2_3_4_5_6_7_8_9_10_11_12_13_14_15_16_17_18_19_20|select=_34-5_45-5_57-5_42-6_55-6_70-6_48-7_63-7_80-7_56-8_73-8_93-8_63-9_82-9_104-9_71-10_93-10_118-10_76-11_100-11_127-11_84-12_110-12_140-12_91-13_119-13_151-13_98-14_128-14_163-14_105-15_138-15_175-15_113-16_148-16_188-16,){{
|>|SIZE(13):|>|>|>|>|SIZE(10):|>|>|>|>|>|>|>|>|>|SIZE(13):|c
| | |~レア|~[[&color(White){巨大&br;化数};>巨大化・属性#l379325e]]|>|>|~&size(12){[[&color(White){消費気};>巨大化・属性#i31da6d1]]};|>|>|>|>|~''初期配置''|>|>|>|>|~''巨大化''|h
|~|~|~|~|~[[&color(White){基本};>巨大化・属性#ubbc4e49]]|~[[&color(White){強化};>巨大化・属性#u2b9a394]]|~&color(White){合計};|~耐久|~攻撃|~防御|~範囲|~回復|~耐久|~攻撃|~防御|~範囲|~回復|h
|>|BGCOLOR(#ccc):CENTER:50|>|BGCOLOR(#ddd):CENTER:30|>|>|CENTER:30|BGCOLOR(#ffe):CENTER:SIZE(10):60|BGCOLOR(#fef):CENTER:SIZE(10):60|BGCOLOR(#eff):CENTER:SIZE(10):60|>|BGCOLOR(#fff):CENTER:SIZE(10):60|BGCOLOR(#ffe):CENTER:SIZE(10):60|BGCOLOR(#fef):CENTER:SIZE(10):60|BGCOLOR(#eff):CENTER:SIZE(10):60|>|BGCOLOR(#fff):CENTER:SIZE(10):60|c
|>|無印|5|4|9|82-9|@cell_ra(0,1)+@cell_ra(0,2)|1062/&color(Red){2021};|58/&color(Red){225};|43/&color(Red){171};|280/&color(Red){280};|10/&color(Red){32};|1911/&color(Red){3637};|95/&color(Red){369};|77/&color(Red){307};|414/&color(Red){414};|10/&color(Red){32};|
|>|改壱|6|5|8|93-8|@cell_ra(0,1)+@cell_ra(0,2)|1110/&color(Red){2154};|60/&color(Red){243};|45/&color(Red){184};|280/&color(Red){280};|10/&color(Red){33};|2220/&color(Red){4308};|108/&color(Red){437};|90/&color(Red){368};|448/&color(Red){448};|10/&color(Red){33};|
}}


#style(class=submenuheader){{
-''ステータス一覧(クリックで展開)''
}}
#style(class=submenu){{
#include(吉田郡山城/ステータス,notitle)
}}
#br


*ゲーム上の性能・評価 [#evaluation]
-概要
緊急出兵[[結束の矢と謀略の将]]にて築城イベントキャラとして実装された弓武器種のキャラ。
後衛不足の山属性にとっては入手難易度が比較的低めなキャラで、同属性で後衛が欲しいという場合に選択肢としてよくあがる存在。
 
弓使いとしては初の特技「防御低下【範囲】・弐」という範囲防御デバフを持つ城娘である。
特技の有用性は[[長浜城]]等の項での通りだが、鉄砲よりも巨大化のコストが軽く発動もさせやすい。
そもそも山属性の中ではこのデバフは貴重であり、山属性編成で運用する動機の一つとなるだろう。
[[岡豊城]]との相性は非常によく、計略のデメリットをある程度打ち消せて、対集団、対大物と二つの計略を使い分けることで戦術の幅が大きく広がる。
 
-計略「三本の矢」
毛利三本の矢にちなみ、攻撃対象を+2して3体同時攻撃が可能になる。
攻撃は-30%というデメリットを抱えるので特技と併用するとよい。
ターゲットが増えると言っても、弓の低火力での攻撃ダウンは致命的で、総合的には殲滅力ダウンとなってしまいがち。
どちらかと言うと対飛行兜を見越した計略なので、飛行兜の群れを一掃する目的の一転に絞って運用しよう。
 
なお、この計略は''吉田郡山城自身''にのみ使用可能で、他の城娘には使用不可。&color(Silver){つまり幼い城娘さんの支援もできない。};
 
-改築
イベント出身の☆5城娘としては[[松本城]]に続き二人目となる。
☆6となり、ステータス上昇・巨大化回数の増加・基本消費気-1といった基本的な恩恵に預かることができる。
射程が結果として強化されることは遠隔不足の山属性にとって大きく、相当に頼もしいキャラになったと言える。
特技へのテコ入れはない反面、計略が大幅に強化された点が大きいメリットであると言えよう。
周囲の攻撃支援重視の[[岡豊城]]、防御支援重視の[[井伊谷城]]に対し、こちらはマルチロックによる殲滅力強化に利がある。
どれか一つではなく、それぞれの強みを理解してしっかり使い分けつつも、時には同時運用を考えていきたい。
 
--計略「三矢の教え」
デメリットの攻撃30%ダウンがなくなり、CTも5秒間だけ短縮された。
これにより改築前の欠点であった「計略を使うと飛行属性以外の敵に弱くなる」という点が解消され、使い勝手が大きく改善された。
改築前と同じく[[岡豊城]]との相性は抜群で、彼女の範囲内に収めておけば弓と相性の悪い高防御の敵にも攻撃が通りやすくなる。
攻撃バフの乗った同時攻撃という、さながら[[聚楽第]]のような芸当も可能。
&color(Silver){幼い城娘さんと組めて吉田郡山城さんもにっこり。もっとも岡豊城が彼女のストライクゾーンかは定かではないが。};
 
-余談
未所持殿にすらその特性が浸透している''本作不動のロリコン代表''で、幼い城娘が好きと堂々と公言している。
趣味に関しては戦闘時には微塵も素振りは見せず、初登場イベントでもほぼそういった面はなかった。
が、贈り物会話やイベント(一部)などで、自らの性癖を惜しげなく披露し、幻影として登場したことすらある。
『[[名城番付-冬の陣-]]』ではストライクゾーンがあることが判明、本人曰く''心が震えたら''とのこと。
そんな性癖ばかりが目立つが、贈り物の台詞で見ればわかるように、殿に対する好意もまた本物である。
そしていざという時はしっかりとシリアスな一面も見せてくれるなど、メリハリがしっかりとした性格。
 
イベントで盟友とされるのは[[桜尾城]]や、お気に入りの[[亀居城]]など。特に桜尾城とは絡みが多い。
また、同志としてイベントでは[[新宮城]]とも交流があるが、彼女よりは常識を弁えており、所領内では信頼されている。&color(Silver){人呼んで光のロリコン。};
 
-性能の変遷
--2018年01月16日:特技、ステータスの上方修正
---特技:20→22%
*キャラクターボイス [#voice]

CV担当:[[西野陽子>https://twitter.com/CocoaAnnzu]]

#region(←クリックすると台詞一覧が表示されます。)

#table_edit2(td_edit=off,tr_edit=edit,table_mod=open){{

※計略のない城娘の計略発動ボイスなど、通常流れないボイスはゲーム内の図鑑で聞くことができます。
|SIZE(12):BGCOLOR(#ddd):CENTER:60|SIZE(12):160|COLOR(#c09):SIZE(12):400|c
|入手|入手|吉田郡山城です。&br;殿を最後まで御守りします。&br;これからよろしくお願いしますね。|
|所領|所領1|広島城さんはよく遊びに来るんですよ。晩酌に付き合ったりしています。私は飲みませんよ。お酒を注いであげるだけです。|
|~|所領2|月山富田城さんですか? はい、知ってますけど。いつも敬語で挨拶してくれるんですよね……。べ、別に何もしてないですよ?|
|~|所領3|次の戦では絶対勝てるように、清神社で必勝祈願です!|
|~|変身|知将と呼ばれた私の戦い、とくとご覧あれ。|
|~|変身解除|只今戻りました。はぁ、疲れた。|
|出陣|出陣|御城道とは、守ることですよね。|
|~|委任出撃|はい。寄り道しないで、素早く片付けてきます。|
|~|編成1|ここは籠城戦も視野に入れておいたほうが良さそうですね。|
|~|編成2|事前準備は万全に。戦は用意と駆け引きで決まります。|
|合戦|つままれ|皆を支える力になりたいです。|
|~|配置|郡山と一体になって、皆の背中をお守りします。|
|~|選択|泣かないでください。私がいますから、もう大丈夫です。|
|~|巨大化|兵糧の補給源を絶ちます!|
|~|特技発動|力任せじゃ勝てませんよ? 戦は頭で戦うものです!|
|~|計略発動|三本の矢……それは、結束の力!|
|~|大破|これ以上は……すみません、撤退します。|
|~|勝利|理想は高く、天下の主を目指しましょう。|
|その他|合成|金箔瓦も、綺麗になりましたね。|
|~|放置|他の幼い城娘さんと、遊んできていいですか?|
|~|おかえり|あ、お帰りなさい。どこ行ってたんですか?|
|~|ありがとう|うふふ、ありがとうございます。|
|~|出陣画面(図鑑未登録)|私の知略で、必ずや勝利してみせましょう。|
}}

#region(←クリックすると贈り物イベント、台詞一覧が表示されます。&color(Red){ネタバレ注意};)
#table_edit2(td_edit=off,tr_edit=edit,table_mod=open){{
|SIZE(12):BGCOLOR(#ddd):CENTER:60|SIZE(12):160|COLOR(#c09):SIZE(12):400|c
|イベント1|BGCOLOR(#fbd):それは同感だな。|殿も幼い城娘さんが好きだなんて、気が合いますね!|
|~|……幼女が好きなのか?|えっと、あの……やましい気持ちは何もありませんからね?|
|イベント2|気が向いたらな。|え、あ、はい。いつでもお待ちしております。|
|~|BGCOLOR(#fbd):頼りにしてるよ。|幼い城娘さんと殿は、私がお守りします!|
|イベント3|BGCOLOR(#fbd):よく分からないが、力は貸すぞ!|えっと、殿……その言葉、信じちゃいますからね?|
|~|どうしたらいいのだろう?|分かっているくせに……殿は意地悪ですね。|
}}

#endregion
#endregion
*画像 [#image]
イラストレーター:[[神無>https://twitter.com/monochromu000]]

|&attachref(./吉田郡山城 入手.jpg,50%);|
|CENTER:&size(25){COLOR(red){入手}};|


#region(COLOR(red){''←クリックすると御嬢、城娘画像が表示されます。見たくない人はクリックしないで下さい。''})
|&attachref(./吉田郡山城 御嬢.png,50%);|&attachref(./吉田郡山城 城娘.png,50%);|
|CENTER:&size(25){COLOR(red){御嬢}};|CENTER:&size(25){COLOR(red){城娘}};|

#region(COLOR(red){''←クリックすると大破、特技画像が表示されます。見たくない人はクリックしないで下さい。''})
大破、特技画像
|&attachref(./吉田郡山城 大破.png,50%);|&attachref(./吉田郡山城 特技.png,50%);|
|CENTER:&size(25){COLOR(red){大破}};|CENTER:&size(25){COLOR(red){特技}};|
#endregion
#endregion
***改壱 [#imakai1]

#region(COLOR(red){''←クリックすると御嬢、城娘画像が表示されます。見たくない人はクリックしないで下さい。''})
|&attachref(./吉田郡山城 御嬢.png,50%);|&attachref(./吉田郡山城改壱 城娘.png,50%);|
|CENTER:&size(25){COLOR(red){御嬢}};|CENTER:&size(25){COLOR(red){城娘}};|
#region(COLOR(red){''←クリックすると大破、特技画像が表示されます。見たくない人はクリックしないで下さい。''})
大破、特技画像
|&attachref(./吉田郡山城改壱 大破.png,50%);|&attachref(./吉田郡山城改壱 特技.png,50%);|
|CENTER:&size(25){COLOR(red){大破}};|CENTER:&size(25){COLOR(red){特技}};|
#endregion
#endregion


*城娘の元ネタ情報 [#note]

//※※※注意事項※※※
//元ネタ記事を増やす際には無駄な行間を無くすため「#br」は入れないでください。
//中項目【デザイン】【特技・計略】【セリフ】の第一行「#style(style=padding-bottom~」と末行「}}}」は各中項目の間隔調整も兼ねているのでそのままにしておいてください。

【デザイン】
#style(style=padding-bottom:.5em;){{{

#style(class=submenuheader){{
&color(Black,gainsboro){兜の形状(クリックで表示)};
}}
#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
厳島神社に収蔵されている、毛利元就が奉納したものと伝わる「孔雀羽縫付銀箔押烏帽子形兜」がモデルか。
また、御嬢姿で被っているものは、毛利元就が肖像画等にて被っている烏帽子だろうか。
}}
#style(class=submenuheader){{
&color(Black,gainsboro){御嬢姿での着物の模様(クリックで表示)};
}}
#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
毛利家の家紋として知られる「一文字に三つ星」。
}}
#style(class=submenuheader){{
&color(Black,gainsboro){城娘姿での袖の模様(クリックで表示)};
}}
#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
吉田郡山城跡の郡山公園は現在紅葉スポットになっている。
}}
#style(class=submenuheader){{
&color(Black,gainsboro){弓の形状(クリックで表示)};
}}
#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
弓としてはかなりゴテゴテとしたデザインだが、中央の装飾が本丸周辺でその両端が底から段々に伸びる曲輪と、吉田郡山城の縄張りがモデルと思われる。
}}

}}}
【特技・計略】
#style(style=padding-bottom:.5em;){{{

#style(class=submenuheader){{
&color(Black,gainsboro){三矢の教え・三本の矢(クリックで表示)};
}}
#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
毛利元就が死の間際に毛利隆元・吉川元春・小早川隆景の三人の息子に「1本の矢は容易く折れるが、3本まとめると容易には折れない」と結束するように教えたという有名な逸話より。
しかし、そもそも隆元は元就より8年早く亡くなっており史実とは言い難い。
現在毛利博物館に収蔵されている『三子教訓状』にて一致団結して毛利家を盛り立てるようにと諭しているため、ここから派生した逸話と考えられる。
}}

}}}
【セリフ】
#style(style=padding-bottom:.5em;){{{

#style(class=submenuheader){{
&color(Black,gainsboro){「事前準備は万全に。戦は用意と駆け引きで決まります。」(クリックで表示)};
}}
#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
吉田郡山城城主の毛利元就が「謀多きは勝ち、少なきは負」や「ただただ武略、計略、調略こそ肝要にて候」と書き残したことから。
}}
#style(class=submenuheader){{
&color(Black,gainsboro){「晩酌に付き合ったりしています。私は飲みませんよ。」(クリックで表示)};
}}
#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
毛利元就は土産品を持ってきた家臣に餅や酒をふるまってもてなしたと伝わっている。
ただ、祖父や父、兄が若くして亡くなったことで代々酒に弱い体質であると考え元就本人は酒を控えるよう心がけており、そのおかげか70歳を超える当時としては長命だった。
}}
#style(class=submenuheader){{
&color(Black,gainsboro){「理想は高く、天下の主を目指しましょう」(クリックで表示)};
}}
#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
毛利元就が家臣に「天下の主になると祈願してようやく中国地方を抑えられる」と事始めの際に理想を高く持つ重要性を語ったという逸話から。
ただし元就は晩年、十ヶ国を手にいれたのは時の運のおかげでありむやみに勢力を拡大しようとしてはならないとも語る。
}}

}}}

*現実の城情報 [#information]

//編集前に[[テンプレート/城娘]]の「現実の城情報」をご確認ください。(このコメントは必ず残してください。他のコメントは不要なら削除していいです)

鎌倉幕府政所別当・大江広元の四男・季光を祖とし、戦国時代に大勢力を築き中国地方の覇者となった毛利氏の居城。
築城主や築城年は判然としないが、南北朝時代に吉田庄に入った毛利時親によって築かれたとされ、以後中世を通じて毛利氏は吉田を本拠とした。
毛利氏と吉田郡山城が大きく変わったのは毛利元就の時代で、吉田郡山城の支城である猿掛城にいた元就は大永3年(1523年)に家督を継ぐと吉田郡山城に入城し、大規模な改修に着手した。
天文9年(1540年)9月から天文10年(1541年)1月にかけて行なわれた吉田郡山城の戦いでは、元就は大内義隆が派遣した陶隆房(晴賢)らの援軍もあって、[[月山富田城]]主尼子詮久(晴久)が率いる3万の大軍を撃退した。
ただし、このときはまだ拡張工事も完了しておらず山城としては小規模で、戦いは野戦が主だった。
#br
#style(class=submenuheader){{{
&color(White,Maroon){続きをクリックで表示};
}}}
#style(class=submenu){{{

その後、元就は標高約400メートルの郡山全体を城域とし、主郭部を中心に六方向に伸びる稜線上に築かれた270以上の曲輪を持つ、西日本最大級の中世山城として改築した。
国人出身の戦国大名の城らしく山上に構えられた雄大な山城だが、平時の居館も設けたため近世的な性格も持つ。
毛利輝元の代では、石垣や瓦葺きなどを用い、新たに堀を設けたり城下を整備したりと、引き続き改修が進められた。このとき天守も築いたとして、物見台跡を天守跡とする俗説もある。
輝元が[[広島城]]を築くと役目を失なったともされるが、以降も機能したかもしれず、やはり詳細は不明である。
島原の乱(正確には島原・天草一揆)のあとには、[[原城]]のような切支丹の立て籠もりを恐れた幕府によって徹底的に破壊された。


}}}

|BGCOLOR(#ddd):80|300|c
|所在地|広島県安芸高田市吉田町吉田郡山|
|現存状態|曲輪、石垣、土塁、石塁、堀切、井戸|
|城郭構造|山城|
#br
#style(class=submenuheader){{{
&color(White,Maroon){元就と幼女の側室(クリックで表示)};
}}}
#style(class=submenu){{{
**元就と幼女の側室 [#wf98e4b4]

愛妻家だった元就は長年側室を持たなかったが、正妻の妙玖が天文14年(1546年)に亡くなり、側室を迎え入れざるを得なくなった。
そこでとある家臣(三吉氏の者か?)が一族の者を側室として迎え入れて欲しいと願い出たが、都合のいい相手が幼女しかいなかった。
それでも一応、二人きりで舟遊びに出て器量を確かめようとしたところ、幼女はもじもじとして水に飛び込んでしまった。
家臣はこれでは側室になどしてもらえないだろうと落胆したが、意外にも元就は「明日にでも使いを出そう」と非常に喜んだ。
そして「もじもじしていたのは尿を我慢していたからで、子供なら厠へ駆け出すところ、水に飛び込んで誤魔化す才智が備わった良き女である。また、俺が救い上げたあとに相手の着物を濡らしてしまったことを気にかけており気立ても良かった」と褒め称えたという。

}}}

#br
#style(class=submenuheader){{{
&color(White,Maroon){輝元と幼女の側室(クリックで表示)};
}}}
#style(class=submenu){{{

**輝元と幼女の側室 [#vb6a762b]
輝元は児玉元良の幼き娘(二の丸殿。法号は清泰院、あるいは快楽院)が広島の児玉家門前で遊んでいるのを見かけると大変気に入り、たびたび児玉家を訪問するようになった。
しかし、元良は輝元の態度を快く思わず、娘が12歳になると杉元宣の妻にしてしまった。
それでも娘を諦めきれなかった輝元は椙山土佐・清兵衛親子、佐世元嘉らに命じて、娘を強奪し、のちに側室とした。
あまりの無法に怒った元宣は豊臣秀吉に直訴しようと出立したが、元宣に同情しつつも毛利家を守ろうとした小早川隆景によって野上庄沖にある大島の船隠で殺害された。
その後、毛利家の船が徳山湾の沖を通ると海が荒れるようになり、広島域中では奇怪な事件が相次ぐようになったという。

}}}

*コメント [#comment]
#pcomment(,reply,10,)