御所ヶ谷神籠石 のバックアップ(No.19)
現実の城情報御所ヶ谷神籠石は京都郡みやこ町勝山大久保と犀川、行橋市津積にまたがる標高247メートルの岳が辻の山梁の西にあった古代山城である。 続きをクリックで表示 他方、歴史学者の福永晋三氏曰く、『日本書紀』にある「豊前国の長峡県に到りて、行宮を興てて居します。故、其の処を号けて京と曰ふ」の京(みやこ)とはこの御所ヶ谷神籠石を指すのではないかという。
現存状態(クリックで表示) 現存状態山梁の南面と北斜面渓谷の東西両側の尾根に近い部分に、切石状の列石とその痕跡が4キロメートルにわたり残っている。 神籠石について(クリックで表示) 神籠石について日本城郭検定でも登場する築城形式の一つではあるが、そこまで詳しくない者からすればいったい何故この名前が付けられているのか謎であろう。 霊域説の論が発生した背景には少なからず『日本書紀』『続日本紀』が関係している。 神籠石式山城と朝鮮半島の山城との共通点(クリックで表示) 神籠石式山城と朝鮮半島の山城との共通点朝鮮半島の古代山城の列石の特徴と神籠石の特徴においては正直なところ大きく異なり、神籠石式山城における一段だけの列石は、現在のところ百済の時代に築城されたであろう金馬都土城にその類似点を見るのみである。 コメント |
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