神居古潭チャシ(かむいこたんチャシ)は北海道内陸部におけるアイヌの集落の1つであった。カムイコタンはアイヌ語で「神の住む場所」という意味である。 上川盆地と空知平野の間の神居古潭一帯は、おだやかな流れであった石狩川が一転して激しい急流となっており、川を利用して行き来していたアイヌの人々にとっては難所であったことがこの地に神性を見出させたものと考えられている。 事実、神居古潭では川を行き来するアイヌの人々を苦しめたニッネカムイがヌプリカムイに加勢したサマイクルによって討ち果たされたというユカラが存在し、それに伴う名前付けが行われた岩も存在したという。 集落としては明治初期まで存続していたと考えられ、初代開拓府長官岩村通俊、後の開拓府長官永山武四郎らの石狩川上流部の調査の際には当地のアイヌに神居古潭突破のための助力を得たともされている。
跡地近辺では縄文時代にまで遡ることができる竪穴住居の跡やストーンサークルが発掘調査で見つかっており、現在では北海道指定史跡「神居古潭竪穴住居遺跡」の一部となっている。
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