松尾山城 のバックアップ(No.4)
現実の城情報応永年間(1394年~1428年)、富島氏によって関ヶ原盆地の西南、松尾山に築かれた。 続きをクリックで表示 三成は西軍総大将・毛利輝元の軍勢を松尾山城に布陣させようとしていたともいうが、輝元は吉川広家の背信行為により動けず、さらに松尾山城に布陣した盛正も小早川秀秋により追い払われることとなった。 なお有名な「問鉄砲」の逸話は、そもそも現地に足を運べば一目瞭然で、比高190メートルもある松尾山に鉄砲が届くはずもなく、また前述の通り秀秋は開戦時点で東軍と言ってもよく、家康が松尾山に鉄砲を撃ちかけたというのは史実であるとは思われない。
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