十狐城 のバックアップの現在との差分(No.1)

現実の城情報 Edit

鎌倉時代から比内地方を支配した比内浅利氏の居城。浅利氏は奥州合戦で源頼朝に従った浅利与一義遠を祖とする甲斐源氏の庶流にあたる名族で、甲斐八代郡浅利郷を本領とし奥州合戦後に頼朝から比内地方の地頭職を与えられた。
建武元年(1334年)、陸奥守北畠顕家は南部師行に鹿角・比内を与え、これに対し比内浅利氏は翌年に挙兵した足利尊氏に与して北朝方として活動し、建武3年(1336年)~同4年(1337年)にかけて南朝方の南部氏が支配する鹿角の諸城を津軽の曽我氏とともに攻めている。
正平9年・文和3年(1354年)の「沙弥浄光譲状」によると、この頃の浅利氏は甲斐の浅利郷と出羽の比内郡を所領としていたという。
十狐城の築城時期と浅利則頼以前の状況については史料が少なく不明な点が多いが、『長崎氏旧記』では「永正十五年三月、奥州津軽より引移、初めて十狐城を築」とある。
則頼は十狐城を本城として比内地方各地に支城を構え、一族や家臣を配して比内地方の支配を固めていった。


所在地秋田県大館市比内町独鈷
現存状態堀、土塁など
城郭構造連郭式平山城

コメント Edit

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照 画像を非表示

  • 千狐城のページ作成おつです -- 2017-11-09 (木) 20:52:25
    • ちがうだろー!このハゲー! -- 2017-11-09 (木) 20:58:11
  • ココココココココココン!あれ?違った? -- 2017-11-09 (木) 21:03:46
  • コン! -- 2017-11-09 (木) 21:21:29
  • コココンコーッ! -- 2017-11-09 (木) 22:39:35
  • 縁起の悪い城だ。埋めよう -- 2017-11-09 (木) 23:01:35
  • 完全にネタ枠じゃないか! -- 2017-11-09 (木) 23:03:53
  • 狐が10体…来るぞ、遊馬! -- 2017-11-09 (木) 23:23:49
  • 今のは千狐ではない十狐だ -- 2017-11-10 (金) 09:31:28
  • 十狐!百狐!千孤! -- 2017-11-10 (金) 11:16:01
    • それ以上いけない -- 2017-11-10 (金) 11:26:10
      • ギリギリセーフ! -- 2017-11-10 (金) 12:14:01
    • ジュヒャセ!ジュ・ヒャ・セ!ジュヒャセ! -- 2017-11-10 (金) 12:46:17
  • 百体集めれば千狐になるのか -- 2019-04-13 (土) 13:13:14
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