リメス のバックアップの現在との差分(No.2)
現実の城情報リメスはドイツ中部から南部にかけて伸びる、古代ローマ帝国の防塁。ローマの建築した国境の長城防塁すべてが「リメス」である*1が、ここではドイツに現存するものを扱う。 ハドリアヌスの長城やアントニヌスの長城などもリメスの一種であり、「ローマ帝国の国境線」としてともに世界遺産に登録されている。 ハドリアヌスの長城やアントニヌスの長城などもリメスの一種であり、「ローマ帝国の国境線」としてともに世界遺産に登録されている。 紀元80年代半ば、ドミティアヌス帝の治世から建設が開始され、ハドリアヌス帝の治世の頃までおよそ40年をかけて、ローマ属州ゲルマニア・スペリオル州とラエティア州の国境線に、東はライン川から西はドナウ川まで総延長550キロメートルに及ぶ「リメス・ゲルマニクス」が建設され、その後もアントニウス・ピウス帝の時代まで改良が続けられた。 続きをクリックで表示 基本的な構造は土塁とその前面の堀、また土塁の後ろには兵が素早く移動するための軍道が設けられていた。 最初に建設されたのはマイン川南岸の現在のヴェルト・アム・マイン付近から南下し、ネッカー川沿いのバート・ヴィンプフェン付近に達する防塁で、これを「オーデンヴァルト・リメス」と呼ぶ。 ローマ帝国が衰退するとリメスは忘れられた存在になるが、19世紀に「再発見」され、ドイツ帝国の下で研究プロジェクトが始まった。 前述したようにローマ帝国の国境防塁はすべて「リメス」である。
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