Backup diff of グリプスフォルム城 (No. 1)

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*現実の城情報 [#information]

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北欧神話の「ゲフィオンの国引き」で知られるメーラレン湖畔に築かれた、スウェーデン王国・ヴァーサ家の居城。
1380年頃にボー・ヨンソン・グリープによって築かれ、1526年にカルマル同盟から独立しヴァーサ朝を開いたスウェーデン王グスタフ・ヴァーサに押収された。
グスタフ・ヴァーサはグリプスホルム城を改修し、[[カルマル城]]と同様に四隅に円形塔を設けて大砲による攻撃に備え、城壁を巡らせた要塞を造り上げた。

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以後グリプスホルム城はヴァーサ家の居城となり、スウェーデンはヴァーサ朝のもとで勢力を拡大していった。
特に「北方の獅子」グスタフ・アドルフは政治・軍事両面での近代化改革によってスウェーデンを強国にのし上げ、三十年戦争に介入し「バルト帝国」の基礎を築いた。
グスタフ・アドルフの戦死後は寡婦となったマリア・エレオノーラが居住し、ヴァーサ朝の断絶後はプファルツ朝を開いたカール10世の王妃ヘートヴィヒ・エレオノーラが住み、対外戦争で不在がちだった夫に代わってグリプスホルム城を取り仕切り、夫の死後も1715年まで居城とした。
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その後グリプスホルム城は王宮としてではなく監獄として用いられ、スウェーデン王室はストックホルムのドロットニングホルム宮殿やストックホルム宮殿に住まうようになった。
やがてロココの文化や芸術を愛好し、「ロココの時代」と呼ばれるスウェーデン中興の時代を築いたグスタフ3世によってグリプスホルム城は修築され、1781年には城内に劇場を建設した。
この劇場は現在でも維持されており、18世紀当時のままの姿で残されている劇場として、ヨーロッパでも稀有な例となっている。
1889~1894年にかけては建築家フレデリク・リリエクヴィストによって修復が行われたが、その際にそれまでは無かった三階部分を付け足し、従来の建造物が破壊されてしまったことが激しい論争を呼んだ。
現在城は一般公開され、グスタフ・ヴァーサから現在に至るまでのスウェーデン王室の宝物を見学することができる。

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|所在地|スウェーデン、|
|現存状態|現存|
|城郭構造|平城|

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