徳島藩松帆台場とも呼ばれ、国の史跡に指定されている。 幕末の1858年、徳川幕府将軍家茂の幕命を受けた徳島藩により着工され、1861年竣工した。 目的は、明石海峡対岸の明石藩舞子台場と対になって両岸から黒船を挟撃することであったが、一度も使用されることはなかった。 台場はM字状になった堡塁が石垣で補強され、大砲13門が真北に向けて設置されていた。 現在は、神戸製鋼の保養所「ゆうなぎ荘」の敷地になっていて石垣が確認できる。 黒船には一度も使用されなかったこの台場だが、1863年7月、幕府の軍艦朝陽丸を誤って砲撃し、舵付近を破壊している。 この誤射で砲台司令長坂三知は切腹。
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