躑躅ヶ崎館 のバックアップ差分(No.6)
---- #include(城娘項目,notitle); #include(城娘ステータス注釈,notitle) |CENTER:300|BGCOLOR(#FCC):80|BGCOLOR(#FCC):90|BGCOLOR(#FCC):80|BGCOLOR(#FCC):90|c |>|>|>|>|BGCOLOR(#f99):CENTER:''躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)''| |&attachref(./躑躅ヶ崎館S.png,nolink);|>|BGCOLOR(#111):CENTER:&ref(画像で一覧RE/躑躅ヶ崎館.png,nolink);|図鑑No.|162| |~|>|~|レア|6| |~|>|~|城属性|&ref(画像置場/平.png,nolink);| |~|>|~|令制国|甲斐| |~|>|~|武器属性|[[槌]]| |~|>|~|最大レベル|115| |~|実装日|>|>|2016年09月06日| |~|>|>|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''合戦''| |~|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''初期配置/&color(Red){最大値};''|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''巨大化5回/&color(Red){最大値};''| |~|消費気|12|消費気((基本消費気を含みます))|140| |~|耐久|2026/&color(Red){4178};|耐久|4052/&color(Red){8356};| |~|攻撃|111/&color(Red){440};|攻撃|199/&color(Red){792};| |~|防御|88/&color(Red){335};|防御|149/&color(Red){569};| |~|範囲|100/&color(Red){100};|範囲|180/&color(Red){180};| |~|回復|10/&color(Red){33};|回復|10/&color(Red){33};| // |>|>|>|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''[[特技]]''| |BGCOLOR(#FCC):[無印] / 風林火山|>|>|>|自身の攻撃速度が20%、範囲が20&br;攻撃と防御が20%上昇| |BGCOLOR(#FCC):[&color(Red){改壱};] / 真・風林火山|>|>|>|自身の攻撃速度が25%、範囲が25&br;攻撃と防御が25%上昇| |>|>|>|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''[[計略]]''| |BGCOLOR(#FCC):[無印]|>|>|>|なし| |BGCOLOR(#FCC):[&color(Red){改壱};]|>|>|>|~| // |>|>|>|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''図鑑文章''| |>|>|>|>|儂の名は躑躅ヶ崎館。&br;甲斐の大名であった武田信虎によって築城され、&br;その後、信玄、勝頼と三代にわたって、&br;武田氏の本拠地となったのじゃ。&br;&br;その裏山には要害山城が築かれ、&br;更には正面に三日月掘を設えて防御を固めた&br;難攻不落の城だったのじゃぞ!&br;&br;さあ殿よ!風林火山の如く、敵を打ちのめし、&br;ともに勝利を刻もうぞ!| |BGCOLOR(#F99):CENTER:120|400|c |''[[築城]]''|03:20:00| |''神社''|&color(Red){''[[招城儀式]]''};| #style(class=submenuheader){{ -''[[城娘改築]]'' }} #style(class=submenu){{ }} #table_edit2(td_edit=edit,tr_edit=edit,table_mod=close,calc=1,form=text=|text=|select=_1_2_3_4_5_6_7|select=_3_4_5|select=_1_2_3_4_5_6_7_8_9_10_11_12_13_14_15_16_17_18_19_20|select=_34-5_45-5_57-5_42-6_55-6_70-6_48-7_63-7_80-7_56-8_73-8_93-8_63-9_82-9_104-9_71-10_93-10_118-10_76-11_100-11_127-11_84-12_110-12_140-12_91-13_119-13_151-13_98-14_128-14_163-14_105-15_138-15_175-15_113-16_148-16_188-16,){{ |>|SIZE(13):|>|>|>|>|SIZE(10):|>|>|>|>|>|>|>|>|>|SIZE(13):|c | | |~レア|~[[&color(White){巨大&br;化数};>巨大化・属性#l379325e]]|>|>|~&size(12){[[&color(White){消費気};>巨大化・属性#i31da6d1]]};|>|>|>|>|~''初期配置''|>|>|>|>|~''巨大化''|h |~|~|~|~|~[[&color(White){基本};>巨大化・属性#ubbc4e49]]|~[[&color(White){強化};>巨大化・属性#u2b9a394]]|~&color(White){合計};|~耐久|~攻撃|~防御|~範囲|~回復|~耐久|~攻撃|~防御|~範囲|~回復|h |>|BGCOLOR(#ccc):CENTER:50|>|BGCOLOR(#ddd):CENTER:30|>|>|CENTER:30|BGCOLOR(#ffe):CENTER:SIZE(10):60|BGCOLOR(#fef):CENTER:SIZE(10):60|BGCOLOR(#eff):CENTER:SIZE(10):60|>|BGCOLOR(#fff):CENTER:SIZE(10):60|BGCOLOR(#ffe):CENTER:SIZE(10):60|BGCOLOR(#fef):CENTER:SIZE(10):60|BGCOLOR(#eff):CENTER:SIZE(10):60|>|BGCOLOR(#fff):CENTER:SIZE(10):60|c |>|無印|6|5|12|128|@cell_ra(0,1)+@cell_ra(0,2)|2026/&color(Red){4178};|111/&color(Red){440};|88/&color(Red){335};|100/&color(Red){100};|10/&color(Red){33};|4052/&color(Red){8356};|199/&color(Red){792};|149/&color(Red){569};|180/&color(Red){180};|10/&color(Red){33};| |>|改壱|7|5|12|128|@cell_ra(0,1)+@cell_ra(0,2)|2097/&color(Red){4415};|117/&color(Red){480};|92/&color(Red){357};|100/&color(Red){100};|10/&color(Red){34};|4194/&color(Red){8830};|210/&color(Red){864};|156/&color(Red){606};|180/&color(Red){180};|10/&color(Red){34};| }} #style(class=submenuheader){{ -''ステータス一覧(クリックで展開)'' }} #style(class=submenu){{ #include(躑躅ヶ崎館/ステータス,notitle) }} #br *ゲーム上の性能・評価 [#evaluation] -概要 [[名古屋城]]以来となる、五回の巨大化が可能な槌ユニットで、属性も同じ平城である。 あちら同様平属性であり、巨大化数と後述の特技もあり、槌の短所である範囲の狭さがカバーされている。 専用特技「風林火山」は自身の攻撃、防御、攻撃速度、範囲をそれぞれ強化するというもの。 専用特技「風林火山」は自身の攻撃、防御、攻撃速度、範囲をそれぞれ20%強化する。 個々の上昇値はそこそこといった程度だが、もとよりステータスが高めに設定されている槌ユニットなので、他の武器種よりも実際の上がり幅は大きい。 範囲も最大化時は特技込みで182となり、初期配置の槍のそれに匹敵する。 計略も持たないため、スムーズに巨大化していけるのもポイントである。 -改壱 2016年12月20日のアップデートにおいて改壱が実装された。 [[名古屋城]]に続く槌★7であり、同レアリティで考えると数少ない無計略の一人。 元々高水準だったステータスが改築によりさらに増加、攻撃と防御はなんとあの名古屋城を抜き全槌中1位、耐久も2位という凄まじい数値となった。 計略が追加されなかったことで、改築前と同じく特技発動までのコストが軽い点も見逃せない。 特技は「真・風林火山」へと強化された。 従来の各数値が5ずつ上昇し、“自身の攻撃・攻撃速度・防御が20%、範囲が25上昇”という攻防隙のない性能となった。 従来の各数値が5ずつ上昇し、“自身の攻撃・攻撃速度・防御が25%、範囲が25上昇”という攻防隙のない性能となった。 攻撃速度・範囲アップは槌の短所を補い、攻撃・防御アップは長所をさらに伸ばすことができ、非常に優秀な特性と言える。 ただし同じ★7の平属性槌である名古屋城と比較した場合、特性に耐久上昇がなく、素の耐久値も一歩譲る。 そのため天下統一[[1-29>合戦/1-29]]のように、防御無視攻撃を行う法術系兜が大量に出現するマップでは、耐久の差で名古屋城に軍配が上がる。 また名古屋城の計略「天下泰砲」のような範囲攻撃も持たないため、手近な敵を殴ることしかできないという点でも劣る。 しかしこちらは無計略ゆえのコストの軽さが改築前から変わらない強みであるため、上記のような要素がないマップでは前衛として名古屋城以上の活躍も見込める。 -総評 以上のように改築の有無を問わず無計略であるため、使用感はどちらでも特に変わることはない。 トップクラスのステータスの高さと無計略ゆえの巨大化のスムーズさ、そして何よりも特技発動後の戦闘能力はまさに凶悪の一言。 躑躅ヶ崎館単体への調整はないものの、槌武器種そのものの強化もあって、無計略でも一定の強みが見出されている。 計略で強引に戦局を変えることは出来ずとも、単機で1ルートを全て賄えてしまうことすらある。 まさしく戦国最強、風林火山の名は伊達ではないのである。 -性能の変遷 //バランス調整がされた際に箇条書きで記載してください。 --2018年09月04日、特技:風林火山の効果を15→20% ---特技:真・風林火山の効果を20→25% --2018年09月04日 ---特技:風林火山の効果を15→20% ---特技(改壱):真・風林火山の効果を20→25% *キャラクターボイス [#voice] CV担当:[[井上麻里奈>https://twitter.com/Mari_navi]] #region(←クリックすると台詞一覧が表示されます。) #table_edit2(td_edit=off,tr_edit=edit,table_mod=close){{ |SIZE(12):BGCOLOR(#ddd):CENTER:60|SIZE(12):160|COLOR(#c09):SIZE(12):400|c |所領|ログインボーナス|戻ったか。ほうとうを作って待っておったぞ。| |~|変身|儂の真の姿をとくと見よ!| |~|帰還|ふっははは、戻ったぞ。| |~|放置|知り難きこと、陰の如く…じゃな| |~|御嬢クリック|&color(Gray){城娘/クリック時と同じセリフ};| |~|城娘クリック|&color(Gray){出陣/クリック時と同じセリフ};| |出陣|キャラクリック|徐なること林の如し!| |~|~|&color(Gray){合戦/城娘配置完了時と同じセリフ};| |~|委任出撃|さて、三ツ者を派遣するのじゃ。| |城娘|キャラクリック|儂の天守は要害山城を模している。 天守があったかどうかわからんじゃと? なに夢のないことをもうしておる。| |~|~|築城術の最高峰として名高い甲州流の極意は、丸馬出にある。 かかかっ、わかるかの?| |~|~|こう見えても、儂は料理が得意なのじゃ。 儂がほうとうを作って食わせてやろう……なッ、遠慮するとはどういうことじゃ!| |~|部隊編成|儂が出陣すれば、勝利は造作も無いことじゃ。| |~|~|越後の虎と一緒であれば、無敵なのじゃがな。| |~|城娘合成|花の御所を真似た、四角い曲輪がよいな!| |~|贈り物|&color(Gray){城娘/クリック時と同じセリフ};| |~|詳細確認(サンプルボイス)|&color(Gray){合戦/開始時と同じセリフ};| |図鑑|城娘|~| |~|御嬢|&color(Gray){所領/放置時と同じセリフ};| |~|特技|&color(Gray){合戦/特技発動時と同じセリフ};| |~|大破|&color(Gray){合戦/大破時と同じセリフ};| // |合戦|開始|儂は城、儂は石垣、儂は堀、殿は味方、兜は敵なり。| |~|城娘配置|おおっ、なんじゃ!?| |~|城娘配置完了|疾(と)きこと風の如く!| |~|配置中城娘選択|かかかっ、儂に任せるが良い。| |~|巨大化|動かざること山の如し!| |~|特技発動|風林火山!| |~|計略使用|&color(Grey){[無印]なし}; / &color(Red){[改壱]};| |~|大破|ぬかったわ…要害山城まで退くぞ…!| |~|勝利|春日山以上の好敵手はおらぬようだなあ!| //|~|~|ふっはははは。見たか、これが最強の騎馬隊よ。| //|~|敗北|ま、負けた……飛び道具を使うとは卑怯者なり!| //|~|~|この有様では……甲州法度次第により、儂も裁かれてしまうかのぅ……。| //|~|解放|助けて当然じゃが……一応、感謝しておくぞ。| //|~|装備|この武具なら誰にも負けんぞ!| }} #region(←クリックすると贈り物イベント、台詞一覧が表示されます。&color(Red){ネタバレ注意};) #table_edit2(td_edit=off,tr_edit=edit,table_mod=close){{ |SIZE(12):BGCOLOR(#ddd):CENTER:60|SIZE(12):160|COLOR(#c09):SIZE(12):400|c |イベント1|鉄砲を向けられてもか?|す、すまぬ……飛び道具だけは、ちょっと苦手なのじゃ……。| |~|BGCOLOR(#fbd):本当に頼りになるな|ああ、儂を頼れ。その権利が、お主にはあるのだからな。| |イベント2|BGCOLOR(#fbd):うまい!もう一口……。|しょうがないやつじゃのう……ほれ、あ~ん……どうじゃ?| |~|やっぱり、まだ熱い。|なに!? まだダメか? 仕方ないのぅ……ふぅ~、ふぅ~。| |イベント3|それもそうだな、あははっ!|儂をからかいおって……、はぁ、怒る気にもならんわい……。| |~|BGCOLOR(#fbd):お前なら引く手数多だろう。|か、からかうでない! じゃが、お主とならば……って、何を言わせるんじゃ!| }} #endregion #endregion *画像 [#image] イラストレーター: |&attachref(./躑躅ヶ崎館 入手.jpg,50%);| |CENTER:&size(25){COLOR(red){入手}};| #region(COLOR(red){''←クリックすると御嬢、城娘画像が表示されます。見たくない人はクリックしないで下さい。''}) |&attachref(./躑躅ヶ崎館 御嬢.png,50%);|&attachref(./躑躅ヶ崎館 城娘.png,50%);| |CENTER:&size(25){COLOR(red){御嬢}};|CENTER:&size(25){COLOR(red){城娘}};| #region(COLOR(red){''←クリックすると大破、特技画像が表示されます。見たくない人はクリックしないで下さい。''}) 大破、特技画像 |&attachref(./048cadfc6f7f3e8288e60c090d6e466e.png,50%);|&attachref(./25c0c157f29c8d05949a7186f814686ca.png,50%);| |CENTER:&size(25){COLOR(red){大破}};|CENTER:&size(25){COLOR(red){特技}};| #endregion #endregion ***改壱 [#p47f4787] #region(COLOR(red){''←クリックすると御嬢、城娘画像が表示されます。見たくない人はクリックしないで下さい。''}) |&attachref(./躑躅ヶ崎館 御嬢.png,50%);|&attachref(./躑躅ヶ崎館改壱 城娘.png,50%);| |CENTER:&size(25){COLOR(red){御嬢}};|CENTER:&size(25){COLOR(red){城娘}};| #region(COLOR(red){''←クリックすると大破、特技画像が表示されます。見たくない人はクリックしないで下さい。''}) 大破、特技画像 |&attachref(./躑躅ヶ崎館改壱 大破.png,50%);|&attachref(./躑躅ヶ崎館改壱 特技.png,50%);| |CENTER:&size(25){COLOR(red){大破}};|CENTER:&size(25){COLOR(red){特技}};| #endregion #endregion *現実の城情報 [#information] //編集前に[[テンプレート/城娘]]の「現実の城情報」をご確認ください。(このコメントは必ず残してください。他のコメントは不要なら削除していいです) 河内源氏の流れをくみ、新羅三郎義光を祖とする甲斐源氏の宗家、甲斐武田氏三代(信虎・信玄・勝頼)に渡る居館。 甲斐武田氏は代々石和に居館を構えていたが、永正16年(1519年)に信虎が躑躅ヶ崎館を築き、本拠を移した。 信虎は翌年に躑躅ヶ崎館の背後に[[要害山城]]を築いて詰城とし、さらに躑躅ヶ崎館を中心として、東に川窪城、西に湯村山城、南側の開口部には[[一条小山城]](のちの[[甲府城]])を築き、地域全体を要害とした。 また信虎は室町幕府12代将軍・足利義晴とは近しい関係にあり、甲府の都市計画も京の町割を参考にしたという。 「[[花の御所]]を真似た」と言っている通り、躑躅ヶ崎館は花の御所(足利将軍邸)を模した方形の屋敷構成となっている。これは京で確立した武家独自の様式で「花の御所体制」と呼ばれ、地方へ広がっていくなかで躑躅ヶ崎館でも採用された。 #br #style(class=submenuheader){{{ &color(White,Maroon){続きをクリックで表示}; }}} #style(class=submenu){{{ 信虎を追放して家督を継いだ信玄は「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」と謳っているが、人材重視で城を軽視していたわけではなく[[海津城]]や[[小諸城]]、[[江尻城]]などを築城しているし、躑躅ヶ崎館も天文13年(1543年)の火災を契機に大改修し、方形単郭だった躑躅ヶ崎館に曲輪を増設している。 周囲の城砦に守られていた躑躅ヶ崎館だったが、館単体で見ても、土塁や三日月堀、土橋など、躑躅ヶ崎館が築城術の最高峰として名高いと誇る甲州流の築城技術で築かれた、戦国大名の中でも優れた規模を誇る居館である。 甲州流の築城技術は東国では北条流の築城技術と並んで主流となり、丸馬出と三日月堀は甲斐武田氏の城をはじめ、多くの東国諸城で見られる。 #br 信玄は一貫して躑躅ヶ崎館を居館としたが、勝頼の代には[[新府城]]を築き移転している。甲斐武田氏滅亡後、徳川家康によって天守台が築かれているが、徳川家臣の平岩親吉によって甲府城の築城が始まると、甲斐の拠点は甲府城へと移っていくことになる。 天正18年(1590年)の小田原征伐後に家康は関東へと移され、甲斐には一時的に豊臣秀勝が入ったのち、加藤光泰が入った。 光泰の時代に躑躅ヶ崎館は近世城郭として大規模に改修され、甲斐武田氏の居館だった部分は石塁と土塁によって分割され、それらを折り曲げることで側面攻撃を可能にし、防御が強化された。 この主郭部分の出入口には角馬出が設けられ、その際に甲斐武田氏時代の丸馬出も破壊され、角馬出に改められている。 さらに南北に曲輪が増設されるなど館は大きく拡張され、[[聚楽第型城郭>聚楽城]]の特徴も見られるようになった。 その後新たに甲斐に入った浅野幸長によって甲府城が完成すると甲斐支配の拠点が移され、躑躅ヶ崎館は廃城となった。 #br 昭和15年(1940年)に「武田氏館跡」として国の史跡に指定され、平成18年(2006年)には「武田氏館」という名称で[[日本100名城]]に選定され、現在は跡地には武田神社がある。 }}} |BGCOLOR(#ddd):100|200|c |所在地|山梨県甲府市古府中町2611| |現存状態|石垣、土塁、石塁、堀、井戸| |城郭構造|連郭式平城| #br #style(class=submenuheader){{{ &color(White,Maroon){風林火山の旗印(クリックで表示)}; }}} #style(class=submenu){{{ **風林火山の旗印 [#z749d967] 「疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如く」という『孫子』の一文は信玄が旗印として掲げたものとして知られている。 原典ではさらに「知り難きこと陰の如く、動くこと雷霆の如し」という句もあるが、何故省略されて伝わっているかは詳らかでない。 「風林火山」という語句については、井上靖の小説『風林火山』が初出ではないかとされているものの、信玄の時代には「孫子の旗」と呼ばれていたのは確かなようである。 なお「四如の旗」とも呼ばれていたが、こちらは江戸時代になってからの名称だと考えられている。単に「武田信玄の軍旗」とも言う。 #br また、『甲陽軍鑑』や『甲陽軍鑑末書』によれば四つの句を一本の旗にまとめていたとされるが、『甲陽軍鑑弁擬』や『名将言行録』は一つの句を一本の旗ごとに仕立てたとしている。 さらに、『甲陽軍鑑』は信玄は永禄4年(1561年)からこの旗印を用いたとしているが、信玄が亡くなる一ヶ月前に作られたという説もあり生涯用いることはなかったとも考えられる。 }}} *コメント [#comment] #pcomment(,reply,10,) |
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