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高屋城
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現実の城情報 Edit

応永年間(1394年~1428年)に畠山基国が築いたともされるが、文献上では高屋城と記したものはなく、古市城や誉田城との混同が見られる。
発掘調査の結果によれば、文明11年(1479年)頃の築城であり、それに従えば築城主は応仁の乱における若江城の戦いに勝利するとともに河内を制圧し、乱のあとも戦い続けた畠山義就であると考えられる。
河内の守護所は鎌倉時代末期には丹南、南北朝時代には古市にあったが、義就は河内に下向すると誉田に屋形を築き、以後の畠山家は誉田屋形と呼ばれた。
高屋城は明応2年(1493年)頃から詰城として用いられ、永正4年(1507年)頃から守護所として機能するようになった。
以後、畠山家の家督騒動の舞台として幾度も落城し、三好長慶が河内に進出すると情勢はさらに混乱を極めた。


所在地大阪府羽曳野市古市
現存状態空堀、土塁など
城郭構造連郭式平山城

コメント Edit

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  • 応仁の乱シリーズに続いて、今度は古墳シリーズが熱いですな -- 2017-06-01 (木) 22:56:58
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