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玖島城
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現実の城情報 Edit

日本初のキリシタン大名・大村純忠で知られる大村氏が、肥前大村藩の藩庁として12代に渡り居城とした城。
藤原純友の子孫を称する大村氏は正暦5年(994年)に肥前大村に入ったとされ、当初は大村館を居館、久原城を詰城とし、その後好武城を経て大村純忠が三城城に居城を移していた。
純忠の子・喜前は豊臣秀吉死後の戦乱に備えて新たな本拠地の築城に着手し、文禄・慶長の役での順天城の戦いの経験を活かし、玖島崎を新城の地に選んだ。
玖島崎は大村湾に突き出た北・西・南の三方を海に囲まれる要害の地で、その突端の丘陵上に本丸を置いて周囲を二の丸と三の丸が囲み、さらに城の近くの遠浅の海には、敵兵を欺くため海中に掘られた隠し堀である捨堀が設けられた。


所在地長崎県大村市玖島
現存状態石垣、堀など
城郭構造連郭式平山城

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