Top > 信貴山城

信貴山城 の変更点

#include(城娘項目,notitle);

#include(城娘ステータス注釈,notitle)

|CENTER:300|BGCOLOR(#FCC):80|BGCOLOR(#FCC):90|BGCOLOR(#FCC):80|BGCOLOR(#FCC):90|c
|>|>|>|>|BGCOLOR(#f99):CENTER:''信貴山城(しぎさんじょう)''|
|&attachref(./信貴山城S.png,nolink);|>|BGCOLOR(#111):CENTER:&ref(画像で一覧RE/信貴山城.png,nolink);|図鑑No.|150|
|~|>|~|レア|5|
|~|>|~|城属性|&ref(画像置場/山.png,nolink);|
|~|>|~|令制国|大和|
|~|>|~|武器属性|[[大砲]]|
|~|>|~|最大レベル|110|
|~|実装日|>|>|2016年07月19日|
|~|>|>|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''合戦''|
|~|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''初期配置/&color(Red){最大値};''|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''巨大化4回/&color(Red){最大値};''|
|~|消費気|16|消費気((基本消費気を含みます))|148|
|~|耐久|997/&color(Red){1899};|耐久|1794/&color(Red){3418};|
|~|攻撃|78/&color(Red){304};|攻撃|127/&color(Red){498};|
|~|防御|42/&color(Red){169};|防御|75/&color(Red){304};|
|~|範囲|340/&color(Red){340};|範囲|503/&color(Red){503};|
|~|回復|10/&color(Red){32};|回復|10/&color(Red){32};|
//
|>|>|>|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''[[特技]]''|
|BGCOLOR(#FCC):[無印] / 計略発動時間短縮・弐|>|>|>|自身の計略使用までの時間が37%短縮|
|BGCOLOR(#FCC):[&color(Red){改壱};] / 信貴山縁起絵巻|>|>|>|自身の計略使用までの時間が37%短縮&br;攻撃が25%上昇|
|>|>|>|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''[[計略]]''|
|BGCOLOR(#FCC):[無印] / 平蜘蛛焙烙玉&br;(使用まで30秒:消費気3:&color(Red){赤};&color(Blue){青};配置)|>|>|>|敵が範囲内に入って3秒後に爆発し&br;攻撃の1.7倍の範囲ダメージを与える。|
|BGCOLOR(#FCC):[&color(Red){改壱};] / 平蜘蛛焙烙玉&br;(使用まで30秒:消費気3:&color(Red){赤};&color(Blue){青};配置)|>|>|>|~|
//
|>|>|>|>|BGCOLOR(#F99):CENTER:''図鑑文章''|
|>|>|>|>|私は信貴山上に築かれた山城です。&br;私の双子の妹である多聞山城とは&br;あまり似ていません。&br;&br;かつて主であった松永久秀は、私を戦闘時に、&br;妹の多聞山城を政務にと使い分けていたようですよ。&br;&br;そうそう、私、石山御坊ちゃんから&br;お誕生日プレゼントをもらったことがあるんです。&br;うらやましいでしょう?|

|BGCOLOR(#F99):CENTER:120|400|c
|''[[築城]]''|03:20:00|
|''神社''|&color(Red){''[[招城儀式]]''};|


#style(class=submenuheader){{
-''[[城娘改築]]''
}}
#style(class=submenu){{

}}
#table_edit2(td_edit=edit,tr_edit=edit,table_mod=close,calc=1,form=text=|text=|select=_1_2_3_4_5_6_7|select=_3_4_5|select=_1_2_3_4_5_6_7_8_9_10_11_12_13_14_15_16_17_18_19_20|select=_34-5_45-5_57-5_42-6_55-6_70-6_48-7_63-7_80-7_56-8_73-8_93-8_63-9_82-9_104-9_71-10_93-10_118-10_76-11_100-11_127-11_84-12_110-12_140-12_91-13_119-13_151-13_98-14_128-14_163-14_105-15_138-15_175-15_113-16_148-16_188-16,){{
|>|SIZE(13):|>|>|>|>|SIZE(10):|>|>|>|>|>|>|>|>|>|SIZE(13):|c
| | |~レア|~[[&color(White){巨大&br;化数};>巨大化・属性#l379325e]]|>|>|~&size(12){[[&color(White){消費気};>巨大化・属性#i31da6d1]]};|>|>|>|>|~''初期配置''|>|>|>|>|~''巨大化''|h
|~|~|~|~|~[[&color(White){基本};>巨大化・属性#ubbc4e49]]|~[[&color(White){強化};>巨大化・属性#u2b9a394]]|~&color(White){合計};|~耐久|~攻撃|~防御|~範囲|~回復|~耐久|~攻撃|~防御|~範囲|~回復|h
|>|BGCOLOR(#ccc):CENTER:50|>|BGCOLOR(#ddd):CENTER:30|>|>|CENTER:30|BGCOLOR(#ffe):CENTER:SIZE(10):60|BGCOLOR(#fef):CENTER:SIZE(10):60|BGCOLOR(#eff):CENTER:SIZE(10):60|>|BGCOLOR(#fff):CENTER:SIZE(10):60|BGCOLOR(#ffe):CENTER:SIZE(10):60|BGCOLOR(#fef):CENTER:SIZE(10):60|BGCOLOR(#eff):CENTER:SIZE(10):60|>|BGCOLOR(#fff):CENTER:SIZE(10):60|c
|>|無印|5|4|16|148-16|@cell_ra(0,1)+@cell_ra(0,2)|997/&color(Red){1899};|78/&color(Red){304};|42/&color(Red){169};|340/&color(Red){340};|10/&color(Red){32};|1794/&color(Red){3418};|127/&color(Red){498};|75/&color(Red){304};|503/&color(Red){503};|10/&color(Red){32};|
|>|改壱|6|5|15|175-15|@cell_ra(0,1)+@cell_ra(0,2)|1032/&color(Red){2003};|83/&color(Red){334};|44/&color(Red){180};|340/&color(Red){340};|10/&color(Red){33};|2064/&color(Red){4006};|149/&color(Red){601};|88/&color(Red){360};|544/&color(Red){544};|10/&color(Red){33};|
}}


#style(class=submenuheader){{
-''ステータス一覧(クリックで展開)''
}}
#style(class=submenu){{
#include(信貴山城/ステータス,notitle)
}}
#br


*ゲーム上の性能・評価 [#evaluation]
//-性能の変遷
//バランス調整がされた際に箇条書きで記載してください。
//--2016年00月00日、特技の効果を修正

-概要
//城娘の運用方法などを記載
//戦での配置場所や扱い方、運用相性の良い城娘、計略など
城プロRE史上初となる設置系トラップ計略を引っさげて登場した城娘。
おそらくは大砲と同様に、信貴山城の後ろに居る古天明平蜘蛛を模した絡繰(からくり)から繰り出される模様。&color(Silver){決してタ○コマなどではない};
現状、山城では数少ない大砲ということで、地形一致するステージでは力を発揮してくれる城娘。
単純な性能で言えば山城と遠隔城娘との相性がやや悪く、他の大砲と比べて見劣りする部分もある。
 
特技は計略の回転率を上げる再使用短縮効果だが、元のCTが短いため短縮値は意外と少ない。それでも発動すると18秒まで短縮される。
約10秒短縮されるのは大きいが、計略は下記の通り''扱い自体は簡単だが効果的に使いこなすのが難しく''、短縮されても持て余すこともしばしば。
これにより最大化まで気を費やす利点が薄いことが欠点となっている。
 
山属性の大砲は自身の他には高レアの[[エディンバラ城]]及び自身の別バージョンの[[[正月]信貴山城]]のみ。
エディンバラ城は強力な特技と計略で戦術の核とするような運用を求められるタイプだが、信貴山城はどちらかというと大砲の本分である後方支援に寄っている。
一方の[正月]信貴山城はこちら以上に癖の強い性能であり、巨大化による攻撃力の増加さえデメリットになりうるほど。
計略で空きマスを最大限に活用したり、作戦の穴を埋めるような形で運用すると特有の仕事が出来るだろう。
 
-計略「平蜘蛛焙烙玉」
城プロ初となる設置系トラップ計略。近接マスと遠距離マスの両方に設置できるトークンとしても初。
&color(Blue){''範囲''};内に敵が入ると一定時間後に爆発し&color(Red){''範囲''};内の敵全てにダメージ。味方は巻き込まないので安心しよう。
この&color(Blue){青の範囲};と&color(Red){赤の範囲};は異なり、起爆トリガーとなる範囲は&color(Blue){トークンをクリックした時に表示される範囲};、ダメージを与える範囲は&color(Red){その2倍ほどの半径を持つ};(要検証)。
なお、他のトークンと同様に敵から普通に攻撃を受け(「見えている罠」なのだから当然である)、耐久が無くなった時にも爆発と範囲ダメージは発生する。
この性質を利用し敵の足元に設置して被攻撃→即起爆も可能で、敵の攻撃を誘発=一瞬だが足止めできる点は他のダメージ計略にないメリットである。
ダメージを伸ばすためには信貴山城本体の巨大化が必須だが、計略持ちの大砲なので最大級のコストがかかるため、ダメージソースとするには長期的な戦術を立てる必要がある。
 
設置型トークンとして見た場合、回転率が良く、どのマスにも置くことができ、かつ数も無制限と一見デコイ向けのように見える。
しかし爆発が前提なので耐久は当然低く、敵が近づけばそれだけで自壊するし、対遠隔兜では爆発範囲外から短時間で安全に処理されてしまう。
そして効果欄には記載されていないが、多くのトークン同様に''波(ウェーブ)を跨ぐと消える''。
よって(ある意味当然だが)メインの囮には向いていない。ただ、大量に先置きすれば騎馬系兜などの足止めには有効策となる。
 
最初は上手く扱えなくても消費自体は3と低燃費なので、とりあえず直感で使ってみるのもあり。まずは敵の密集地に置いてみよう。
ただCTは比較的短いとはいえ、短縮特技ありきでも20秒近くはあるので、本当に欲しい時に置けないということがないようにタイミングは図ろう。
 
[[聚楽第]]の特技範囲内に本体とトークンを収めると、双方に特技の効果が及び通常で攻撃力の1.7倍の威力が2.448倍の威力となる。
地形属性が一致しないので大道芸レベルだが、覚えておくと使えることもあるかもしれない。
 
-改壱
2017年10月に待望の改壱が実装。
計略持ち改壱の共通仕様で基礎コスト-されたが、★6化で巨大化回数が+1され、総コスト自体は上昇した。
特技に攻撃力+25%が追加され、本体・トークン共に純粋な火力強化となった。相変わらずの自己完結型なのはご愛嬌。
巨大化5回+攻撃バフから放たれる砲撃はかなりの有効打となり、直撃火力は直撃ボーナスの50%も乗るので単体に対しては凄まじい火力が出る。
これにより、以前とは違い特技発動の意義が大きく増したことが最大の強化点にして躍進した部分と言えよう。
多いとはいえない山属性の遠距離火力としての活躍が期待できるため、気の捻出が上手くいけばメイン火力として非常に頼れるようになる。
 
-余談
その独特なビジュアル・口調・性格などから人気が高く、第一回人気投票では★3~5部門賞にて1位、全体でも6位ととても高い順位となった。
やがて衰えない人気から[[[正月]信貴山城]]の実装、本編となる天下統一シナリオへの参戦と、その存在感を増している。
のちのイベントでイメージ武器として「古天明平蜘蛛」が作られた。爆風範囲を拡大する効果を持つ。
自身に対してもそうだが、特技で爆風強化を持つ大砲娘には相乗効果をもたらすかなり強烈な装備となっている。
なお、ドット絵は中に乗り込むタイプの大砲になっていて、非常に機械的でごつい見た目をしている。やくももよく作ったものである。
 
-性能の変遷
--2018年01月16日のメンテナンスにてステータスの上昇、特技の上方修正
---35%短縮→37%短縮
*キャラクターボイス [#voice]

CV担当:[[佐藤聡美>http://ameblo.jp/sato-satomi58/]]

#region(←クリックすると御嬢、台詞一覧が表示されます。)
#region(←クリックすると台詞一覧が表示されます。)

#table_edit2(td_edit=off,tr_edit=edit,table_mod=open){{

|SIZE(12):BGCOLOR(#ddd):CENTER:60|SIZE(12):160|COLOR(#c09):SIZE(12):400|c
|所領|ログインボーナス|殿、お帰りなさい。ささ、お茶でもどうぞ|
|~|変身|毘沙門天の力を、今ここに!|
|~|帰還|戻りましたー、異常なし、ですね。|
|~|放置|殿、ここだけの話ですが、安土城は魔王になったという噂です。&br;早急に石山御坊殿と春日山城殿に相談されたほうが良いかと。|
|~|御嬢クリック|&color(Gray){城娘/クリック時と同じセリフ};|
|~|城娘クリック|&color(Gray){出陣/クリック時と同じセリフ};|
|出陣|キャラクリック|さあ、信貴山縁起絵巻の始まりです|
|~|~|&color(Gray){合戦/城娘配置完了時と同じセリフ};|
|~|委任出撃|全て、殿のお仰せのままに|
|城娘|キャラクリック|殿、お茶でもどうぞ。&br;これでも茶人の心得はあります。&br;え?まず私に毒見をせよと?&br;…うーん、それは困りましたね。|
|~|~|私が妹の多聞山城より若く見えると?ふふふ。&br;殿、お世辞でもうれしいです。&br;百会の灸の効果かもしれませんね。|
|~|~|殿、安土城が私や妹のファッションの真似をしているようです。&br;あまり気分のいいものではありません。&br;殿からも言ってやって下さい。|
|~|部隊編成|殿、敵同士を戦わせるという妙案を考えました|
|~|~|うふふっ、ご安心を。謀反など起こしませんので。|
|~|城娘合成|曲輪と横堀をもっと増やしましょう。|
|~|贈り物|&color(Gray){城娘/クリック時と同じセリフ};|
|~|詳細確認(サンプルボイス)|&color(Gray){合戦/開始時と同じセリフ};|
|図鑑|城娘|~|
|~|御嬢|&color(Gray){所領/放置時と同じセリフ};|
|~|特技|&color(Gray){合戦/特技時と同じセリフ};|
|~|大破|&color(Gray){合戦/大破時と同じセリフ};|
//
|合戦|開始|大切な物を奪われるなら、共に命果てるまで!|
|~|城娘配置|白虎の方角に配置してください。|
|~|城娘配置完了|信貴山、白虎の方角より出陣します。|
|~|配置中城娘選択|そのまま兜に寝返っても、知りませんよぉ?|
|~|巨大化|天罰です!|
|~|特技発動|行け!古天明平蜘蛛!|
|~|計略使用|[無印] 張子の虎ではありませんよ! / &color(Red){[改壱]};|
|~|大破|ぐっ…平蜘蛛だけは渡しませんよ…|
|~|勝利|勝ちましたー。戦わずに謀殺する方が楽なのですが。|
//|~|勝利2|毘沙門天にこの勝利を捧げましょう。|
//|~|敗北1|殿。状況を打破するため、兜包囲網を敷きましょう。|
//|~|敗北2|ぐっ……幻影に惑わされたか……一雨来そうな空模様ですねぇ。|
//|~|解放|ありがとうございます。かのような下克上の世、ただ一人付き従うのは殿だけと心に決めておりました。|
//|~|装備|これはなかなか良い装備ですね。|
}}

#region(←クリックすると贈り物イベント、台詞一覧が表示されます。&color(Red){ネタバレ注意};)
#table_edit2(td_edit=off,tr_edit=edit,table_mod=close){{
|SIZE(12):BGCOLOR(#ddd):CENTER:60|SIZE(12):160|COLOR(#c09):SIZE(12):400|c
|イベント1|信用できない武将だな。|そんなことはありませんよ。ふふふ。|
|~|BGCOLOR(#fbd):情勢を見極める目はあるな。|生き延びるのが正義ですから。|
|イベント2|妹だから多聞山城。|殿、世渡りが下手ですね。|
|~|BGCOLOR(#fbd):姉だけど信貴山城。|殿、お上手ですね。|
|イベント3|BGCOLOR(#fbd):茶釜だな。|殿、さすがですね。|
|~|新種の蜘蛛かな。|そんな蜘蛛はいません!|
}}


#endregion


#endregion
*画像 [#image]
イラストレーター:[[Garuku>https://twitter.com/Garuku]]

|&attachref(./信貴山城 入手.jpg,50%);|
|CENTER:&size(25){COLOR(red){入手}};|


#region(COLOR(red){''←クリックすると御嬢、城娘画像が表示されます。見たくない人はクリックしないで下さい。''})
|&attachref(./信貴山城 御嬢.png,50%);|&attachref(./信貴山城 城娘.png,50%);|
|CENTER:&size(25){COLOR(red){御嬢}};|CENTER:&size(25){COLOR(red){城娘}};|

#region(COLOR(red){''←クリックすると大破、特技画像が表示されます。見たくない人はクリックしないで下さい。''})
大破、特技画像
|&attachref(./信貴山城 大破.png,50%);|&attachref(./信貴山城 特技.png,50%);|
|CENTER:&size(25){COLOR(red){大破}};|CENTER:&size(25){COLOR(red){特技}};|
#endregion
#endregion
***改壱 [#h9187fe7]
#region(COLOR(red){''←クリックすると御嬢、城娘画像が表示されます。見たくない人はクリックしないで下さい。''})
|&uploader(4350c462b081f2d7efcf0d6716317ed786f49331_scre_1906,50%);|&uploader(5d5f84288caf2eae706c224d680a6c29a0cd88ff_scre_1905,50%);|
|CENTER:&size(25){COLOR(red){御嬢}};|CENTER:&size(25){COLOR(red){城娘}};|

#region(COLOR(red){''←クリックすると大破、特技画像が表示されます。見たくない人はクリックしないで下さい。''})
大破、特技画像
|&uploader(6fa135f65960b75c0ffeaefdca5dac035c317f9c_scre_1908,50%);|&uploader(4d2534c263af944c7392fb6edf7bb90b0717089e_scre_1907,50%);|
|CENTER:&size(25){COLOR(red){大破}};|CENTER:&size(25){COLOR(red){特技}};|
#endregion
#endregion
*城娘の元ネタ情報 [#note]

//※※※注意事項※※※
//元ネタ記事を増やす際には無駄な行間を無くすため「#br」は入れないでください。
//中項目【デザイン】【特技・計略】【セリフ】の第一行「#style(style=padding-bottom~」と末行「}}}」は各中項目の間隔調整も兼ねているのでそのままにしておいてください。

【デザイン】
#style(style=padding-bottom:.5em;){{{

#style(class=submenuheader){{
&color(Black,gainsboro){タイツや改壱での尻尾など(クリックで表示)};
}}
#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
聖徳太子が物部守屋を討伐するために戦勝祈願に信貴山で祈願をした時毘沙門天が現れ、その加護によって勝利を掴んだと伝えられる。
それが寅年、寅日、寅の刻であったことから信貴山の毘沙門天は寅に縁があるとして信仰されるようになった。
また、2010年には平城遷都1300年祭として、信貴山朝護孫子寺が大和(奈良)における西方として白虎像が設置された。
}}
#style(class=submenuheader){{
&color(Black,gainsboro){大破のポーズ(クリックで表示)};
}}
#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
幕末明治初期の浮世絵師・月岡芳年が描いた『芳年武者牙類:弾正忠松永久秀』、死の間際平蜘蛛を投げ割る松永久秀のポーズ。
}}

}}}
【特技・計略】
#style(style=padding-bottom:.5em;){{{

#style(class=submenuheader){{
&color(Black,gainsboro){信貴山縁起絵巻(クリックで表示)};
}}
#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
平安時代末期の絵巻物で、信貴山中興の祖命蓮に関する霊験譚が描かれている。現在国宝。
『源氏物語絵巻』、『鳥獣人物戯画』、『伴大納言絵詞』と並んで四大絵巻物に数えられている。
特に『信貴山縁起絵巻』『鳥獣人物戯画』は登場キャラクターがデフォルメされてひょうきんな表情で描かれており、日本の漫画文化の源流と言われる。
}}
#style(class=submenuheader){{
&color(Black,gainsboro){平蜘蛛焙烙玉(クリックで表示)};
}}
#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
「平蜘蛛(古天明平蜘蛛)」は松永久秀が所有した茶釜。「焙烙玉(焙烙火矢)」は戦国時代に使われた陶器などに火薬を詰めた兵器。
平蜘蛛は織田信長が所望していた茶道具として知られるが、もちろんその茶釜に火薬を詰めて兵器として使っていたわけではなく、
信貴山城城主であった松永久秀が奪われるのを嫌い火薬を詰めて爆破させたという話が元ネタと考えられる。
}}
}}}
【セリフ】
#style(style=padding-bottom:.5em;){{{

#style(class=submenuheader){{
&color(Black,gainsboro){安土城が私や妹のファッションの真似をしているようです。(クリックで表示)};
}}
#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
恐らくこれは「日本初の天守はどの城か?」という議論にまつわるもので、有力候補として信貴山城・安土城・多聞山城などが挙がっている。
多聞山城と信貴山城の天守は築城主がともに松永久秀であり、安土城の天主は多聞山城を参考にして造られたという説があるため、これに由来するものと思われる。
伊丹城なども自分こそ日本初の天守である、と主張しており、おそらく天守は城娘にとってもこだわりポイントなのだろう。
}}
#style(class=submenuheader){{
&color(Black,gainsboro){「殿、お茶でもどうぞ。」「え?まず私に毒見をせよと?…うーん、それは困りましたね。」(クリックで表示)};
}}
#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
信貴山城城主であった松永久秀は茶人武野紹鴎(千利休の師)の弟子とも伝えられ、また茶人として広く交流していた。
また、茶人であったことや当時仕えていた三好家において変死が多発したこと、そして久秀の悪評からか、「足利季世記」などでは毒殺が噂されていたと伝えられ、
現在信長の野望などの戦国を舞台としたゲームでは、暗殺の後に茶を飲むなど絡めたネタになることが多い。
}}
#style(class=submenuheader){{
&color(Black,gainsboro){石山御坊ちゃんからお誕生日プレゼントをもらったことがあるんです。(クリックで表示)};
}}
#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
『証如上人日記』によると、石山御坊に拠点を移していた本願寺は天文5年(1536年)木沢長政による「信貴山之上」の城の完成祝いとして酒を贈ったと伝えられる。
}}

//#style(class=submenuheader){{
//&color(Black,gainsboro){(題名を入力してください)(クリックで表示)};
//}}
//#style(class=submenu,style=padding-bottom:.9em;){{
//(本文を入力してください)
//}}

}}}
*現実の城情報 [#information]

//編集前に[[テンプレート/城娘]]の「現実の城情報」をご確認ください。(このコメントは必ず残してください。他のコメントは不要なら削除していいです)

「信貴山」の名は、聖徳太子が物部守屋討伐のためにこの地で必勝祈願を行い、毘沙門天に必勝の法を授けられたことから、「信ずべし貴ぶべき山」と呼ばれたことが由来であるとされる。
信貴山城には南北朝時代の楠木正成による築城説が近世より伝わるが、史料上の初見は寛正元年(1460年)10月となっており、畠山義就が「信貴山」に逃れたとある。
ついで明応9年(1500年)~永正2年(1505年)に畠山尚慶が「信貴城」に籠城したとあり、永正3年(1506年)に細川政元の重臣赤沢朝経が「信貴山」に参籠したという記録もある。
このように信貴山城と呼んだ一次史料は一例もなく、当時は「信貴城」「信貴」「信貴山」と表記され、上記の記録もあくまで「信貴山」であって信貴山城ではない。
#br
#style(class=submenuheader){{{
&color(White,Maroon){続きをクリックで表示};
}}}
#style(class=submenu){{{

天文5年(1536年)6月、[[飯盛山城]]主としても知られる木沢長政が城として改築し信貴山城を居所としたとされる。
長政だけでなく家臣団も山上の城内に集住しており、信貴山城は居住空間を持ち家臣団をも抱え込む恒常的な大規模山城となった。
#br
木沢期において城内には諸権門の使者が頻繁に訪れ、日常的な音信贈答をはじめ、政治的交渉・儀礼の場となっていた。
権勢をふるった長政だったが主君である畠山義堯を裏切り、天文11年(1542年)河内太平寺の合戦で三好長慶、遊佐長教らに討ち取られると、信貴山城も落城した。
松永久秀時代の歴史は別項目にて後述する。
#br
信貴山城は『甲子夜話』によると、初めて天守を構えた城であり(かつては[[伊丹城]]を記録上の初見とする説もあった)、同様に構えられた[[多聞山城]]の天守が[[安土城]]の天主のモデルとされる。
#br

余談だが彼女の言う「百会の灸」とは頭頂部にあるツボ「百会」にすえるお灸のことである。
百会といえば一般的には頭痛に効くイメージが強いが、本人の言うとおり美容効果もあり、抜け毛・肌荒れ・顔のくすみに効くとされる。その他不眠や自律神経失調症などにも効く万能ツボ。
ただしここにお灸をすえる場合、当然ながら髪の毛に燃え移る危険もあるので注意。
#br
信貴山城は本格的な山城のため、登城の際には足元に気を付ける必要がある。
整備も遊歩道付きの山林程度であり、遺構を全て見る場合は道を外れ山林に分け入る覚悟も要る。

}}}

|BGCOLOR(#ddd):80|300|c
|所在地|奈良県生駒郡平群町信貴山|
|現存状態|曲輪、空堀、土塁、門跡|
|城郭構造|山城|
#br
#style(class=submenuheader){{{
&color(White,Maroon){捏造された梟雄・松永久秀(クリックで表示)};
}}}
#style(class=submenu){{{
**捏造された梟雄・松永久秀 [#i6fddd8b]

永禄2年(1559年)8月、戦国三大梟雄に数えられる松永久秀が三好長慶の命で大和へ侵攻し、信貴山城へと入城した。
これは木沢長政という先例を意識した行動であり、長政を引き継ぐ新たな大和国支配者ということをアピールするものでもあった。
久秀は信貴山城を大和西部および河内の抑えとしてこれを改築したのち、翌年に[[多聞山城]]を築き居城としたため、しばらく信貴山城の本拠機能は失われたが、拠点城郭としての機能は維持された。
久秀が元亀元年(1570年)11月に信貴山城へと居城を移すと、大和南部を抑える多聞山城と並ぶ松永氏分国の本拠および大和の政庁としての機能が再び信貴山城に付与された。
永禄6年(1563年)4月には筒井順慶によって一時占拠されるがすぐに奪還した。
同11年6月には足利義昭方として細川藤賢を迎え入れ、攻め寄せた順慶・三好三人衆連合軍に対し籠城戦を行なったものの落城したが、久秀は織田信長に『九十九髪茄子』を献上し、織田軍2万の援軍に助けられ奪還した。
このとき久秀は信長に臣従したと言われてきたがこの時点では同盟関係であり、久秀が武田信玄と同盟したのも義昭が久秀と敵対する順慶に近付き、久秀を排除したあとのことと判明し、むしろ久秀が裏切られていたことが分かった。
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元亀4年(1573年)2月、義昭は信長と手を切って挙兵におよび、久秀と結んで信長に対抗しようとした。
もっとも久秀は信長とは積極的には戦わず同年12月に降伏し、信長に多聞山城を明け渡して、このとき初めて信長に臣従して大和の支配権を失った。同時に信貴山城も大和の政庁としての機能を失うこととなった。
天正5年(1577年)10月、久秀は信長がかつての義昭と同様に順慶に近付くと不満を募らせて裏切り信貴山城に籠城する。
信長の嫡男・信忠らに攻められると、信長から許しの条件として要求されていた『平蜘蛛茶釜』を自ら打ち壊して自害したという逸話が江戸時代に広まった。戦後になってからの俗説では釜に爆薬を仕込んでの爆死とされる。
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久秀は、久秀方の兵と三好三人衆方の兵がともに吉利支丹としてパーティを行なったことが「クリスマスを理由に休戦した」とされたり、曲直瀬道三から『黄素妙論』という性の指南書(要はセックスガイド本)を伝授され、それに影響されて自身も『五傷の法』を著していたり、逸話には事欠かない。
また、足利将軍・義輝が京都を追放されたことについては「天罰」と評しているが、後年の俗説とは違い久秀は実権を嫡男の久通に譲って隠居状態となっており、三好義継や久通らによる義輝殺害(永禄の変)には全く関与していないし、義輝の弟である義昭に義継や久通の手がおよばないよう義昭を保護するなど、むしろ反対の立場だったともされる。
さらに東大寺大仏殿の焼き討ちも、そもそも東大寺に陣を進めたのは三好三人衆の方で、多聞山城に立て籠もったうえで三好三人衆に反撃をしていた久秀が意図したものであるはずもなく混戦中の失火であったとされるし、翌年には久秀は大仏の再興に力を尽くしている。
そして主君の長慶や三好義興に対しては忠義を尽くしたというのが近年の研究結果であり、義興の補佐役として行動を共にしていた久秀は、義興が重篤に陥った際に嘆き悲しみ、義興に敵対する者が現れたら真っ先に戦って討死する覚悟があるという内容の書状も残っており、『常山紀談』で記されたような悪逆の徒だというイメージは学界においてはもはや覆されている。

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**松永久秀は本当にボンバーマンなのか? [#x83d1bde]

「松永久秀は日本史上で初めて爆死した人物である」とされることがあり、戦国のボンバーマン、松永爆弾正久秀などと揶揄される。
しかし、当時の史料である太田牛一の『信長公記』や吉田兼見の『兼見卿記』では「自ら放火して死亡した」としか書かれていない。
江戸初期に書かれた川角三郎右衛門の『川角太閤記』では「切腹後に頭部と茶釜を爆破するよう命じた」とあるが、これは死後の処理のことであり爆死したとは読めない。
実は爆死説の初出は昭和30年(1955年)に出版された小説誌『オール讀物』にて、小説家・中山義秀が記したものであると考えられる。
また井上靖も昭和33年(1958年)の小説『平蜘蛛の釜』にて爆死説を採用した。一方で、司馬遼太郎は爆死説を採用していない。
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では、いつ頃から松永久秀爆死説は流布されるようになったのか。昭和50年(1975年)、NHKのテレビ番組『日本史探訪』がその一因になったと思われる。
この番組で「釜と自分の首を鎖で結び、微塵となって砕け散った」という解説文が表示されたあと、歴史学者の桑田忠親は「久秀は自分の首と平蜘蛛茶釜を敵将に渡すのが嫌だった」と説明している。
しかし、「家臣に命じて爆破させた」という説明が抜けていたために、視聴者に「久秀は自ら爆死した」と誤解をさせてしまったと考えられるのである。
それ以後に発表された八尋舜右の小説『松永弾正 火の器』、戸部新十郎の小説『松永弾正』、山田芳裕の漫画『へうげもの』、藤堂裕・明智憲三郎の漫画『信長を殺した男~本能寺の変 431年目の真実~』、NHK大河ドラマ『功名が辻』、NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』などでは爆死説を採用している。しかし、それらは上記の理由により史実とは思われないのである。

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