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鳥坂城
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現実の城情報 Edit

上杉謙信の家臣筆頭、七手組大将の一人として活躍した中条藤資の居城で、山麓に居館を構える根小屋式城郭の特徴をもつ。
『吾妻鏡』に建仁元年(1201年)に城資盛が籠城したと記されるのが文献上の初見で、板額御前の活躍でも知られる。
享徳3年(1454年)に中条房資が残した記録には、曾祖父にあたる三浦和田茂資が籠城し、その後享徳2年(1453年)に「其中間一百二年」の期間を経て「再興」したとあり、鳥坂城はその間廃城になっていたと考えられ、あくまで非常時に使用される臨時の城であった。
この房資の記録には子孫に対し鳥坂城を捨てずに維持するよう求める文言もあり、以後鳥坂城は中条氏の本城として位置づけられるようになった。これは常陸国の真壁城などと同じく、戦国時代の領主が恒常的に要害を維持した代表例とされる。


所在地新潟県胎内市羽黒
現存状態堀切、段切、竪堀、土塁など
城郭構造山城

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