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高良山神籠石
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現実の城情報 Edit

高良山神籠石(こうらやまこうごいし)は城郭史に残る著名な論争「神籠石論争」を勃発させるきっかけとなった古代山城で、昭和28年(1953年)12月に国指定史跡となった。
築城年の認識はかなり曖昧で、久留米市の公式サイト上では飛鳥時代(592年~710年)に築かれたものと推定されている。全周はその他神籠石とあまり差分なく2.7キロメートルの規模となる。
至る所に列石群が確認でき、山道脇には馬蹄石*1が残る。列石はときに二段積みになっている場所もあるが、一重に配石された箇所がおおく防御における効果と目的はやや不明である。
しかしながら、極楽寺南東に高良山神籠石最大の列石、本宮山東側に列石と土塁、加えて鷲ノ尾嶽南側に土塁状の盛り上がりが確認できるため古代山城とみて間違いはない。
北谷部はいまでは整備された山道となっており、その遺構が見当たらないがおそらくは水門があったと思われる。

所在地福岡県久留米市御井町1
現存状態列石、水門跡、馬蹄石、土塁
城郭構造古代山城(神籠石式山城)

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*1 神が馬に乗って降臨したとされる石