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金田城
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現実の城情報 Edit

金田城(かなたのき)は長崎県対馬に築かれた国防の最前線である。天智2年(663年)白村江の戦いで惨敗し撤退を余儀なくされた日本軍は多くの百済人亡命者とともに帰国した。
その後に唐・新羅連合軍の襲撃に備えるため、まずは長大な土塁城壁である水城を築造した。
それに合わせ対馬島・壱岐島・筑紫に防人と烽を配備、翌年以降には防備を固めるため憶礼福留や四比福夫により大野城基肄城が築城され、そこから遅れること2年、天智6年(667年)対馬島に金田城が置かれる。
城山は朝鮮半島方面の海上を見渡せ、対外防備としては好条件の築城であった。その立地条件の良さは明治34年(1901年)に対ロシア防備の城山砲台が築かれたことからも分かる。
ただ残念なことに砲台設置の影響から従来の地形・石塁一部が取り崩され、軍道として山頂まで舗装された。戦時の折には武器弾薬を運んだ道が現在は登山道として活用されている。


所在地長崎県対馬美津島町城山
現存状態門礎石、石塁、城門跡
城郭構造古代山城(朝鮮式山城)

コメント Edit

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  • Wikiをそのまま貼りつけていたみたいだから、それだとなんか味気ないかなと思い、勝手ながら複数の文献を整合させて記事を書いてみました。 -- 神籠石の人? 2017-07-05 (水) 01:26:33
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