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聖寿寺館
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現実の城情報 Edit

聖寿寺館は青森県三戸郡南部町小向字聖寿寺にあった平山城で、別称は「本三戸城」。馬淵川と奥州街道が交差する水陸交通の要衝であり、南部氏にとって戦略的な重要拠点だった。
もとは三戸城と呼ばれていたが、南部家の菩提寺である聖寿寺がそばにあり、聖寿寺館と呼ばれるようになった。南部信長から南部晴政までのおよそ200年間、三戸南部氏の居城とされていた。
聖寿寺館が所在した糠部郡は鎌倉幕府の執権北条氏の得宗領であり、その被官だった南部氏は遅くとも鎌倉時代末までには糠部郡に入り、室町時代になって聖寿寺館を中心に糠部郡の大半を支配し、戦国時代には津軽や岩手中部、秋田の鹿角地方へと勢力を拡大していった。
天文8年(1539年)6月、家臣の赤沼備中の放火により聖寿寺館が焼失した後、三戸南部氏は三戸城を築城し居を移した。


所在地青森県三戸郡南部町
現存状態掘立柱建物跡4棟、竪穴建物跡38棟、堀跡
城郭構造平山城

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