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浪岡城
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現実の城情報 Edit

村上源氏中院家庶流である北畠氏の一族で、陸奥国司・北畠顕家の子孫とされる浪岡北畠氏の居城。
浪岡は9~17世紀にわたって地域の政治的中心であり、当初浪岡北畠氏は源常館を居館とし、浪岡城は1460年代に北畠顕義が浪岡川や正平津川などの流れに挟まれた台地上に築いたという。浪岡の地は現在の青森・弘前・黒石・五所川原市のほぼ中間に位置し、古来より交通の要衝として発展していた。
城は北東から傾斜する扇状地形を活用し、南の河川氾濫原を自然の堀として利用し丘陵上の平場を水堀と中土塁で区画して防御機能を高めた。城を構成する内館・西館・北館・猿楽館・検校館・東館・無名の曲輪・新館という八つの曲輪は、いずれも単独で居館として機能できるほどの規模だった。
それぞれの曲輪は二重から三重の堀で区切られて直接はつながっておらず、独立した八つの曲輪が複合した城郭といえ、この構造は領主と家臣という縦のつながりよりも、一族間の横のつながりを反映しており、東北地方の地域性を表している。


所在地青森県青森市浪岡
現存状態曲輪、空堀、土塁など
城郭構造群郭式平城

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