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津川城
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現実の城情報 Edit

津川城は阿賀町中心部を流れる阿賀野川南岸に突き出した標高191mの細長い山塊麒麟山の先端部に築かれた会津の蘆名氏の越後における拠点となった平山城である。山の名をとった麒麟山城や狐戻城とも呼ばれることがある。
阿賀野川とその支流常浪川を天然の堀とし、さらには切り立った山塊を活かした防御機構が取り込まれており、平山城でありながら山城に近い堅牢性も備えていた。
治承・寿永の乱後、会津には相模三浦氏の一族である佐原氏が入り、子孫は会津各地に土着、のちの蘆名家(佐原氏嫡流)勢力圏の基盤が構築されていった。
その佐原一族の一人である金上盛弘は阿賀野川を下り越後国蒲原郡に進出、建長4年(1252年)に津川城を築いた。
以降金上氏は津川城主として蘆名家臣の一翼を担い、当地では阿賀野川の水運などをおさえた他、会津の津川口の守りの要となっていった。


所在地新潟県東蒲原郡阿賀町津川
現存状態土塁、堀切、石垣
城郭構造平山城

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