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河村新城
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現実の城情報 Edit

相模・甲斐・駿河の国境近くに位置する境目の城で、後北条氏の箱根十城の一つに数えられる。
永禄11年(1568年)に甲相駿三国同盟が崩壊し、甲斐の武田信玄が駿河の今川氏真を攻撃すると、相模の北条氏康・氏政父子は氏真を庇護し、信玄と対立した。
後北条氏は信玄の侵攻に備えて箱根口の山中城や足柄口の足柄城など相模・駿河国境の諸城を整備し、箱根口・足柄口と並んで交通の要衝となっていた河村口を固めるため河村城を取り立てた。
山中城や足柄城の整備は三国同盟崩壊直後から進められたが、河村城はやや遅れて元亀2年(1571年)3月11日から始められた。
その背景として同年に後北条方の深沢城が武田方の手に落ちたという情勢の変化があり、河村城はさらに半年後の9月26日にも改修が行われている。
後北条氏は三国同盟崩壊に伴い越後の上杉謙信との越相同盟の交渉を進めていたが決裂し、武田氏と再同盟を結んだことで、武田氏に対する備えだった河村城の重要性は低下し、しばらくは史料上に河村城の名は見られなくなる。


所在地神奈川県足柄上郡山北町山北・岸
現存状態堀、堀切、土塁など
城郭構造連郭式山城

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