Top > 新発田城

新発田城
HTML ConvertTime 0.054 sec.

現実の城情報 Edit

上杉景勝に反旗を翻した新発田重家の居城。新発田氏は揚北衆佐々木党である加地氏の庶流で、代々新発田城を本拠とした。
戦国期の新発田長敦は上杉謙信の七手組大将の一人として活躍し、謙信死後の御館の乱でも景勝方についた。
長敦の病死後は、新発田氏の一族である五十公野氏を継いでいた弟の五十公野治長が新発田重家として家督を継いだが、重家は御館の乱の論功行賞に不満を持ち、黒川城主蘆名盛隆や米沢城主伊達輝宗の支援を得て景勝に対し反乱を起こした。この時盛隆は津川城の金上盛備に命じ、津川より物資の補給を行わせている。
天正9年(1581年)に始まった反乱は、蘆名氏・伊達氏の介入や織田信長の上杉領への侵攻もあり7年間の長期に及んで天正壬午の乱における景勝の動きも制限した。


所在地新潟県新発田市大手町
現存状態櫓、長屋、門、石垣、土塁、堀など
城郭構造平城

コメント Edit

コメントはありません。 Comments/新発田城? 

お名前:

  URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White