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小倉城
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現実の城情報 Edit

文永年間(1264年~1275年)頃、緒方大膳惟重が居城としたのが史料上の初見であり、関門海峡を挟んで本州と九州を結ぶ交通の要衝として機能した城である。
その後何度も城主が変わったが、永禄12年(1569年)には、毛利氏らと結んで大友氏に謀反を起こしていた高橋鑑種(紹運の養父)が降伏し、領地替えで入城している。
天正6年(1578年)に鑑種の養嗣子となった元種はのちに豊臣秀吉の中国攻めを受けて、小倉城を開城。代わって、森勝信(のちの毛利勝信)が城主となった。
なお上記の通り、森から毛利の改名であるため、毛利は「もうり」ではなく「もり」と読むのが正しいとされる。
いずれにせよ勝信は、関ヶ原の戦いでは子の吉政(俗に勝永)とともに西軍についたが、終戦後改易となり、代わって細川忠興が豊前一国を領した。


所在地福岡県北九州市小倉北区
現存状態石垣、堀
城郭構造輪郭式平城


コメント Edit

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照 画像を非表示

  • 無断転載禁止のサイトから文章を転載していたので書き直し。ついでに他の城では書けそうにないので、毛利吉政(俗に勝永)の活躍も書いておいた。 -- 2016-12-23 (金) 20:04:44
    • ほほうそういうのもありか。例えば川越城で北条綱成とか、箕輪城で上泉信綱を書くのもいけそうだな -- 2016-12-23 (金) 22:03:02
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