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基肄城
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現実の城情報 Edit

基肄城(きいのき)または椽城は、665年に佐賀県三養基郡基山町と福岡県筑紫野市の南西部に跨る基山一帯に築城された古代山城である。
その外周を3.9キロメートルにも及ぶ城壁に取り囲まれた包谷式山城であった。福岡平野から佐賀ならびに熊本方面へ向かうとすれば水城のある二日市峡帯から南下して基山町域を通るのがもっとも理に適う道筋とされる。
そこから古代には官道が敷かれていたはずと推定され、もしそうであれば、この地は現在も国道3号線が通っており、古代から現代にかけて一貫して交通の要衝であった。
基山の眺望は周辺の古代山城と連携が取れる位置にあたり、晴れの日には見晴らしが非常に良い。大野城ならびに大宰府とは横一列のつながりであるため、前記二城とは最も密接な関係を持っていたと推測される。
もっと言うならば、他の古代山城同様に主目的は大宰府の防衛にあり、手薄な南を防御するための築城であったことは容易に推量できる。
現在に残る遺構は城壁線を構築する土塁・石塁、水門跡と城壁線途中にある4か所の門跡(うち二つは推定)、約40棟の礎石建物跡である。

所在地佐賀県三養基郡基山町・福岡県筑紫野市にまたがる基山
現存状態土塁、石塁、水門跡、門跡、礎石群
城郭構造古代山城(朝鮮式山城)

コメント Edit

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照 画像を非表示

  • 考察まで踏むこむとは・・・ガチの研究者殿? -- 2017-07-05 (水) 01:08:27
    • 古代山城においては一応一家言持っているつもりではあるww -- 神籠石の人? 2017-07-05 (水) 01:29:44
      • 最近の古代山城をはじめ九州の城情報の充実っぷりは目を見張るばかりで・・・。研究者あるいはそれに準ずる御方というなら納得です。今後とも城プロwikiを頼みますです -- 2017-07-05 (水) 01:39:37
      • わお、恐れ多い。研究者や準研究者どころか、素人に毛が生えたようなものです。城の遺構をウロチョロするのが好きな野郎なので、生暖かく見守ってくださいな。 -- 神籠石の人? 2017-07-05 (水) 01:47:02
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*1 断面が台形になっている土塁
*2 筑前・筑後・肥などに基肄城の稲穀を分け与えたという旨の記載があった