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国府台城
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現実の城情報 Edit

「こうのだい」と読む。別名を鴻ノ台城・市河(市川)城。ただし市河城はもっと南にあった別の城とも言われ説が分かれている。
名前の通り下総国府が置かれた付近の高台に築かれた。台地下に江戸川(当時は太日川または大井川)が流れ、市河津が開かれて水陸の拠点だった。
しかし千葉氏の勃興と共に下総の政治的中心は千葉(亥鼻)のち佐倉に移り、国府台周辺は下総の玄関口として軍事上の要衝となった。
享徳の乱(1455~1483年)に関連した下総千葉氏の内紛で千葉氏嫡流の千葉実胤・自胤兄弟は市河城を経由して武蔵に落ち延びた。
それを保護した扇谷上杉家が千葉兄弟を支援して下総に侵攻したとき、扇谷家の名将太田道灌が築いた陣城が国府台城の始まりとされる。
付近の河岸台地上には他にも相模台城・松戸城などの城が築かれ、二度(近年の研究では三度ともされる)にわたる激戦・国府台合戦の舞台となったことで知られる。


所在地千葉県市川市国府台
現存状態土塁、物見台、堀
城郭構造連郭式平山城


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*1 讒言された主君の身代わりとなったともされる
*2 本佐倉城を築いた岩橋輔胤の息子。千葉氏当主を名乗った
*3 上杉謙信への後方支援と言う説も有り