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和田城
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現実の城情報 Edit

鎌倉幕府の有力御家人だった和田義盛の六男・義信あるいは八男・義国を祖とする上野和田氏の居城。
義盛が建暦3年(1213年)の和田合戦で敗死すると、義信あるいは義国の子孫は上野へと逃れ、赤坂駅に土着した。
義信あるいは義国の孫にあたる信高は赤坂駅を和田宿と改め、鎌倉幕府滅亡時には新田義貞に与していたという。
和田氏は南北朝の動乱では南朝方に属し、南北朝が合一すると鎌倉公方足利氏、関東管領上杉氏の支配下に入った。
その後関東も鎌倉公方と関東管領の対立や足利氏・上杉氏の内紛により動乱の時代となるが、和田城はその最中の応永25年(1418年)に和田義信が築城したとも、正長元年(1428年)に信忠が築城したとも言われる。


所在地群馬県高崎市高松町
現存状態高崎城として改修
城郭構造平城

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