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名胡桃城
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現実の城情報 Edit

伝承では明応元年(1492年)に名胡桃三郎景冬が築いたとされるが、文書史料では永禄9年(1566年)と天正7年(1579年)に「なくるみ」と記され、この天正7年に真田昌幸が沼田城攻略のために岩櫃城から移ってきたことが知られる。
利根川右岸の崖上に築かれたこの城には丸馬出や三日月堀が設けられ、武田氏の城であったことを物語っている。
天正17年(1589年)には北条氏との沼田領問題が豊臣秀吉によって調停され、名胡桃城は真田氏に帰属した。
しかし沼田城に入った北条方の猪俣邦憲は、謀略によって名胡桃城を攻略し廃城とした。惣無事令に反するこの事件は秀吉による小田原征伐の原因となり、名胡桃城は歴史にその名を残すこととなった。
この歴史的重要性に加え、石垣や門跡などの遺構から、戦国時代末期の関東の城造りを知ることができる貴重な城である。

所在地群馬県利根郡みなかみ町下津3437
現存状態土塁、堀など
城郭構造連郭式山城

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