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佐貫城
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現実の城情報 Edit

後北条氏・里見氏による激しい争奪戦が繰り返された、両氏の最前線に位置する上総の要衝。
応仁年間(1467~1468年)に真里谷武田氏の義広が築いたとされるが、それ以前に総州長尾氏が築いたという説もある。
北上川と染川に挟まれた丘陵上に築かれ、尾根や崖などの自然地形を縄張に取り入れ、土塁や空堀で防御された。
天文6年(1537年)に真里谷武田氏で後継者争いが起こると、上総進出を図る安房の里見義堯が真里谷信応を支援した。
翌年に起こった第一次国府台合戦で後北条氏が支援する真里谷信隆に信応が敗れ追放されると、これを機に義堯は本格的に上総へと進出して久留里城を居城とし、佐貫城も里見氏の支配下に入った。


所在地千葉県富津市佐貫
現存状態堀、土塁、石垣など
城郭構造連郭式平山城

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