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佐柿国吉城
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現実の城情報 Edit

若狭守護武田氏の重臣・粟屋越中守勝久が、越前の朝倉氏に対し壮絶な籠城戦を展開したことで知られる境目の城。
『若狭国志』によると常国国吉が築いた古城を勝久が再興したとあり、『武田永禄記』『若狭国傅記』などでは弘治2年(1556年)頃には勝久の居城になっていたとある。
佐柿国吉城は標高197メートルの城山の山頂部を本丸として、北西に伸びる尾根筋に五段の曲輪が連なり、南東で尾根続きの御岳山とは堀切で分断されていた。
城山の南側には平時の居住空間としての居館が置かれ、北側は機織池が広がり天然の堀となっていた。
城下には越前から若狭を横断する丹後街道が通っており、佐柿国吉城は交通の要衝を押さえ若狭・越前の国境を守る重要拠点だった。


所在地福井県美浜町佐柿
現存状態堀、土塁、石垣など
城郭構造連郭式山城

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