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佐土原城
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現実の城情報 Edit

内城主島津義久の弟で、祖父・忠良から「軍法戦術に妙を得たり」と評された家久の居城として知られる。
14世紀半ば頃、北西に峻険な山々があり、北東と南西に池が位置する鶴松山の尾根の一部に、伊東氏の一族である田島休助によって田島城として築かれた。
応永34年(1427年)に伊東氏の分家が入城して佐土原氏を名乗って以降は、島津氏の時代も含めて鶴松城や松鶴城という名称が用いられたが、通称として佐土原城と呼ばれ続けた。
文明12年(1480年)には伊東氏本家の伊東祐堯の子・祐国が佐土原氏の養子となり、祐国はやがて本家の当主となったが、飫肥城攻めで討死した。
天文5年(1536年)には伊東義祐が当主となるが、その翌年に佐土原城は焼失し、義祐は天文11年(1542年)から翌年にかけて尾根続きの北側に新たに城を築き、旧城跡には松尾丸が置かれた。


所在地宮崎県宮崎市佐土原町上田島
現存状態堀、土塁、石垣など
城郭構造山城

コメント Edit

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照 画像を非表示

  • 宮崎県の強い城有力候補かな? -- 2017-06-22 (木) 00:33:35
    • この城が第一で、他には都於郡城、都城、松尾城と予想 -- 2017-07-31 (月) 16:19:10
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