Top > カルアト・サラーフ・アッディーン

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現実の城情報 Edit

イスラームの英雄サラーフ・アッディーン(サラディン)にちなんだ城で、「サラーフ・アッディーンの城」を意味する。史料によってはサラディン城、ソーヌ城塞ともいう。
2つの河川が合流する峡谷に突き出た支脈の上に築かれ、フェニキア人の古城が起源で紀元前334年にはマケドニアのアレクサンドロス3世大王に引き渡されたという。
10世紀半ばにはアレッポを支配していたハムダーン朝のサイフ・アッダウラに占拠され、975年には東ローマ帝国(ビザンツ帝国)皇帝ヨハネス1世ツィミスケスが奪取して改修し、1108年頃まで東ローマ帝国の支配下に置かれた。
12世紀初頭には十字軍が占領してソーヌ城塞と呼ばれるようになり、十字軍国家の一つであるアンティオキア公国の摂政サレルノ伯ルッジェーロからソーヌのロベールに引き渡され、この時代に城塞は大規模な改修を受けた。
当時、城塞と城下を城壁で囲むのが主流になり始めていたがソーヌはその好例であり、従来の城壁をより高くした重厚な城壁が村落の城壁とつながれた。また岩盤を掘削した深さ約30メートルもの堀によって支脈を分断するなどの強化が図られた。


所在地シリア、ラタキア県アル=ハッファ郡
現存状態廃墟
城郭構造山城

コメント Edit

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  • おーイスラーム城!しかもあのサラディンゆかりの御城か -- 2017-09-20 (水) 11:06:55
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